今日は“お笑い”について。
今回の話はこちらの記事に端を発する。
『日本のお笑い芸人が世界に比べて「終わっている」は本当か』
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1703/09/news020.html
(ITMediaビジネスONLINEより)
僕はお笑いがとても好きである。
学生時代にはNSC※に応募しようか本気で考えたりもした。
※吉本興業の新人育成所のこと
先の記事の発端となっているのは脳科学者の茂木健一郎氏が、「日本のお笑いはつまらない」とツイートしたこと。
日本を代表する科学者がこのような独善的な発言を公にしてしまったことにがっかりする。
そもそも日本のお笑いとアメリカのコメディでは性質が全く異なる。
記事でも述べられているが、アメリカのコメディはスタンドアップと呼ばれるような、コメディアンが一人でマイク片手に喋るようなスタイルだ。
一方で日本で一般的なお笑いは漫才やコント等の作り込んだネタを見せるものだ。
スタンドアップであれば、その当時の社会の風刺や批判が盛り込まれるのは当然のことで、何故ならばそれは、“おしゃべり”の延長線上にあるからだ。
つまりはその場その場で生み出される雑談に近いものなのだから、今のことだったり興味関心ごとに沿った内容になるのはごく自然な流れである。
一方で日本のお笑いはネタを作ることが優先である。その場の思いつきで喋っているわけではない。ネタを作り込んでそれを芸として披露するのである。時事ネタを軸にすると浅いものになってしまうし、その場で飽きられてしまう。(掴みやアドリブ部分に挟むことはするけれど)
確かに日本ではスタンドアップを演る人はあまり居ない。それは作り込んだ笑いを好む日本人には合わないからだと考えている。
逆にアメリカで日本のような考え込まれたネタのコントや漫才をやれるかというとそれも難しいと思う。
根本的に“笑い”に求めるものの質が違うのだ。
これらを同じ俎上に上げるのは、相撲とプロレスを比べてプロレスの方が素晴らしいと言っているようなものだ。
どちらもそれぞれの芸として素晴らしいものであるし、一括りにして比べるものでもない。
実際どういった真意で茂木氏があの投稿をしたのかは知る由もないが、もうちょっと気を使った言い方はできなかったものかと悔やまれる。