2019年3月9日はバイシクルクラブ初代編集長の佐藤晴男さんが亡くなった日だった。

ワタシにとって、大きな影響を頂いた恩人である。

佐藤さんを偲ぶためにも、佐藤さんからお預かりした資料を少しずつアップしようと思う。

 

今回はサドル高の設定について。

 

サドル高の設定法に、絶対というものはありません。

サドル高の設定には沢山の方法があります。

なぜ沢山あるのでしょうか…。

 

答えは簡単。たとえ身体の各部サイズが同じでも、人間エンジンの能力発揮の特徴は人さまざまだからです。

とはいっても、何かしらの手がかりがないと困りますから、そのいくつかを紹介しましょう。

 

大切なことは、どの方法を選ぶにしても、得られるものは平均的な参考値ですから、長期にわたって実走し、自分に最適な高さを見つけだすことが大切です。

 

(1)股下長に係数を掛ける:

現在もっともポピュラーな方法ですが、股下長を測定する場合、足を平行に8cm離して厚さ15mmの直角定規を使うとか、水平にした直径6cmの丸棒を股の間に挟むといったやり方があります。

測定した股下長に掛ける係数を、クロード・ジャンズラン/二瓶慶一は0.885、グレッグ・レモンは0.883としています。

(注:二瓶慶一氏は第二次大戦前の1kmTTの日本記録保持者である)

 

(2)シューズを脱いでまたがる:

シューズを脱いで水平に置かれた自転車にまたがります。

クランクの角度はシートチューブの延長線上です。

水平なペダルにカカトを乗せたとき、膝が軽く伸びるサドル高を「適正」とします。

 

(3)シューズを履いてまたがる:

シューズを履いて水平に置かれた自転車にまたがります。

クランクの角度は6時(180゜)で、ペダルにカカトをのせたとき、膝が伸びきるサドル高を「適正」とします。

 

(4)ペダルシャフトセンターまでの長さを算出する:

グレッグ・レモンのもう一つの方法で、股下の長さに係数1.07を掛けたものからクランク長を引いた数値をサドル高としています。

 

しかし、この方法から割り出したサドル高と、係数0.883によるサドル高とは股下の長さによってかなり違ってきます。

 

また、この方法には係数を1.09にするというのもありますし、さらには係数を1.1にしたときに最大出力が得られたという報告もあります。

 

ただし、いずれにしても、この(4)と次の(5)の場合はクランク長が適正かどうかが問題になりますから、「クランクの適正な長さについて」を参照してください。

 

 

(5)股関節と膝関節の角度による:

アメリカ・デンヴァーの整形外科センターの責任者プルイット博士による設定法で、クランクが下死点(180゜)での膝の角度が150゜~155゜、膝関節が最も屈曲したときの大腿骨の前下がり角度が10゜~20゜になるサドル高を「適正」としています。

 

 

サドル高が変わると、出力も変わります。

前半ではサドル高のいろいろな設定法を紹介しました。では、サドル高の違いはペダリングにどんな影響を与えるのでしょうか。

その場合の股関節の屈伸範囲、言い換えれば大腿部の運動範囲を示しているのがここに挙げた概念図です。

 

 

左の図はサドルを低くした場合、右の図はサドルを高くした場合で、青く塗った角度が元のサドル位置での大腿部の運動範囲です。

違いは一目瞭然。大腿部の運動範囲は、サドルを低くすると狭くなり、サドルを高くすると広くなることが解ります。その結果…

 

サドルを低くした場合:

股関節の屈伸範囲が小さくなるために、速いケイダンスに対応しやすくなる。

しかし、ケイダンスが同じだと筋肉の収縮速度が遅くなり、トルクの減少、ひいては出力の減少をもたらす。

 

サドルを高くした場合:

股関節の屈伸範囲が大きくなるために、速いケイダンスには対応しにくくなる。

しかし、ケイダンスが同じだと筋肉の収縮速度が速くなり、トルクの増大、ひいては出力の増大が見込まれる。

 

この「高いサドル位置」についての話として、ツール5勝のベルナール・イノーが1983年のツールに出場しなかった理由の膝の故障について聞いたところ、こんな答えが戻ってきました。

「長時間にわたるロードレースを走りきれる限界までサドルを高くしていたが、誰かが自分の自転車に乗って、さらにサドルを高くしていた。そのために膝のじん帯に無理が来てしまった。」

 

おそらく、跨ってみればサドル高の違いに気づくはずですし、イノーの自転車に誰かが勝手に乗ってサドル高を変えるとは考えられませんから、メカニックのセッティングミスをかばっての発言だったのではないかと思います。

 

ちなみに前項で最大出力が得られたとする〔股下長×係数1.1-クランク長=サドル高〕の場合をイタリア男性の平均的な股下86cm/クランク170mmで計算すると、サドル高は77.6cmになります。

 

したがって〔股下長×0.885=サドル高〕による76.1cmよりも1.5cmサドルが高くなり、係数は0.902ぐらいになっています。

 

 

注)サドルの高さはサドルの種類や、シューズの種類、中敷の有無、ペダルの種類などのファクターで変わってくるので要注意。

走りこめてないシーズン前と、距離を走れるようになったシーズン中ではサドルの高さも変わってくる。

自分の身体をセンサーにしてトライアンドエラーで試してみるしかない。