1900年頃のロードレーサーは今のバイクよりホイールベース/HBとリヤセンター/RCがはるかに長い。
これは1903年のモーリス・ガランのレーサー。
当時は700Aのホイールサイズだったので、大きめのサイズになる事は判るが、
それにしてもフロントセンター/FCに比べRCはかなり長く、シートアングル/SAが寝ている。
1908年リヨン鑑札が付いているI東さんレーサーのRCは530mmという。
フレームサイズと同じくらいで、Rバックがほぼ正三角形。
フレームサイズと同じくらいで、Rバックがほぼ正三角形。
ちなみにリヨン鑑札のロードレーサーのFCは630mmで、HBは1160mmだった。
フレームジオメトリの中でフレームサイズやトップ長などは120年前と大きく変わらない。
FCも30~40mmほど短くなったが、RCだけは130mmも大幅に短くなる変化をしている。
FCも30~40mmほど短くなったが、RCだけは130mmも大幅に短くなる変化をしている。
RCが長い理由として考えられるのは、
1.当時は路面状況が悪く、レースも長距離だったので疲れない安定したハンドリングが求められた。
2.SAが寝ているので、極端な後輪荷重にならないようにRCを長い設計にした。
3.RCを長くすることでショック吸収性を向上させた。
2.SAが寝ているので、極端な後輪荷重にならないようにRCを長い設計にした。
3.RCを長くすることでショック吸収性を向上させた。
等が考えられる。
しかしロードバイクのジオメトリは徐々に変化し、RCは時代とともに短くなった。
どこかの時代でRCが短くなる変化点があったのだろうか。
どこかの時代でRCが短くなる変化点があったのだろうか。
1920年代から1940年代の走るフォームとバイクを10年間隔で並べてみた。
1948年のコッピまでは腰を引いたポジションなのでSAは寝ているが、RCはかなり短くなった。
1948年のコッピまでは腰を引いたポジションなのでSAは寝ているが、RCはかなり短くなった。
これもイタリア・コモの佐藤さんが送ってくれた資料。
第2次世界大戦後のコッピの時代でも未舗装路でレースをやっている。
ここでRCは50mm~60mm以上短くなっている。
RCが短くなった理由としては幾つかの要因が考えられる。
RCが短くなった理由としては幾つかの要因が考えられる。
1.レースのスピードが上がり、バイクに俊敏性と反応性が求められた。
2.フレーム剛性が求められ、フレームパイプが短くなった。
3.路面状況が向上した。
4.ホイールサイズが700Aから700Cサイズになった。
5.1930年後半から変速装置が取いたので、チェーンを短くする為にチェーンステイ長が詰まった。
2.フレーム剛性が求められ、フレームパイプが短くなった。
3.路面状況が向上した。
4.ホイールサイズが700Aから700Cサイズになった。
5.1930年後半から変速装置が取いたので、チェーンを短くする為にチェーンステイ長が詰まった。
ワタシ個人的には変速機が付いたことでRCが大幅に短くなったのではと想像する。
長いチェーンは悪路で暴れるとチェーントラブルになりやすいのだ。
長いチェーンは悪路で暴れるとチェーントラブルになりやすいのだ。
ロードレーサーのジオメトリは実用車的からツーリング車的になり、そしてロードレーサー的になった。
それでもSAはかなり寝たままのジオメトリだ。
それでもSAはかなり寝たままのジオメトリだ。
1957年から1969年に活躍したJ・アンクティルではSAは立ち、RCもグッと短くなった。
アンクティルの低く力強いフォームは今見ても美しい。
近代レーサーはアンクティルから始まると言われる。
何を持って近代レーサーと呼ぶのかは定義はないが、アンクティルのフレームはSAが立っている。
それはTTでタイムを稼ぐ為に前乗り気味になってきたのだろう。
何を持って近代レーサーと呼ぶのかは定義はないが、アンクティルのフレームはSAが立っている。
それはTTでタイムを稼ぐ為に前乗り気味になってきたのだろう。
このロードレーサーは1957年にツールで優勝した「HELYETT / エリエ」製。
そしてこのロードレーサーは1964年のツールで優勝した「GITANE / ジタン」。
変速機がスライド式からパラレログラム式に、クランクも5アームになり、現代的なスタイルになった。
アンクティルのバイクのジオメトリが残っている。
アンクティルのレーサーのジオメトリは、Rセンター440mm、シートアングル73°程と
ツーリング車的なジオメトリだが、写真を見る限りもっとRCが短いフレームにも乗っていたようだ。
ツーリング車的なジオメトリだが、写真を見る限りもっとRCが短いフレームにも乗っていたようだ。
ジオメトリはトップ選手の試行錯誤で徐々に変化して行ったのだろう。
さらにメルクスの時代ではSAが立ってきた。
これは1969年にツールで優勝した時のジオメトリと言われる。
メルクスの時代からレースがハイスピード化しててきた。
エースとアシストがはっきり別けられて、エースは集団で体力を温存し、
最後のゴールスプリントで勝負するレースが多くなり、その為にゴール勝負で勝てるフレームが必要になった。
その為にSAが立ちRCが短い反応のいいフレームにエース級が乗るようになったのではないか。
最後のゴールスプリントで勝負するレースが多くなり、その為にゴール勝負で勝てるフレームが必要になった。
その為にSAが立ちRCが短い反応のいいフレームにエース級が乗るようになったのではないか。
全てのロードレーサーが同じようなスケルトンになってきたわけではないが、
エース級が乗るロードレーサーは勝敗が掛かる為にジオメトリの変化が顕著だったのかもしれない。
エース級が乗るロードレーサーは勝敗が掛かる為にジオメトリの変化が顕著だったのかもしれない。
これはメルクスが1971年にツール優勝した時のレーサー。
パーツの穴あけによる軽量化が目立つ。これにより軽量化は大ブームになった。
そしてメルクスが勝つに従い現在のレーサーのようなジオメトリになってきた。
というよりもっと過激なジオメトリで、トラックレーサー化している。
というよりもっと過激なジオメトリで、トラックレーサー化している。
現在のレーサーでも73~74度ほどでここまでSAは立ってない。
メルクスは一年間に30本近いフレームに乗り換えその違いを探ってきたと言われる。
このような立ったジオメトリも乗って検討してきたのだろう。
このような立ったジオメトリも乗って検討してきたのだろう。
ここまでロードレーサーの流れを見てくると近代レーサーは
1950年代のアンクティルによって始まり、1970年代のメルクスにより完成されたと言えるのではないか。
強い選手が乗ることでジオメトリの変化点を作り出すのだろう。
1950年代のアンクティルによって始まり、1970年代のメルクスにより完成されたと言えるのではないか。
強い選手が乗ることでジオメトリの変化点を作り出すのだろう。
現在のロードバイクは1980年頃のバイクと大きな違いが見られない。
それはジオメトリの変化が1970年代後半から1980年代でほぼ落ち着いたことになるのだろう。
それはジオメトリの変化が1970年代後半から1980年代でほぼ落ち着いたことになるのだろう。
ロードレーサーの進化の中で幾つかの変化点は見て取れるが、
それより1900年頃のロードレーサーから現在のロードバイクまで長い系譜でつながっていることを実感した。
それより1900年頃のロードレーサーから現在のロードバイクまで長い系譜でつながっていることを実感した。
我々のロードバイクは120年以上の試行錯誤の上に完成されているのだ。
イタリア・コモの佐藤さん、資料提供をありがとうございました。