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夢とウツツの間

中断していたブログ「勝手に特派員報告」を再開しました。
タイトル名も「夢とウツツの間」と変更し、その名の通り夢とウツツの間を行ったり! 来たり!する私の「人生レシピ」を綴ります。

友人に誘われて、市民講座の「神戸の街路樹」を受講しました。

普段、何気なく通っている道路の街路樹をしみじみ見る事はありませんが、コロナ過での数少なくなった外出で、身近な物に目を向ける良い機会となりました。

神戸市建設局公園部整備課の担当者が、それらの役割や重要性を丁寧に説明してくれます。維持管理の苦労も大変です。中には〝店の看板が見えないので切ってくれ!”の苦情?も・・・・

 

以前は参道や河川敷に多く植えられていた樹木ですが、明治時代に入り東京・横浜に計画的に街路樹が植えられたのをきっかけに神戸では〝グリーン神戸作戦“により「旧居留地」に〝近代都市計画”がスタートしました。現在の旧居留地はケヤキ・クスノキが歴史ある建造物やブランドショップに神戸らしい景観に潤いを与えています。

 

 

中でも、須磨離宮公園正門前の「離宮道」は上下1車線の狭い道路のうえ交差点に掛かっている坂道でもあり、青信号で通れるのは僅か7~8台がやっとです。特に朝夕のラッシュ時には、前に路線バスでも居れば覚悟して縦列しなければなりません。

 

その時に目を和ませ潤いを与えてくれるのが、両脇に盛り上げられた土に盆栽の様に窮屈そうに植えられている〝黒松の街路樹“でした。車体の高さ位の低木で、運転席から手の届きそうな位置にある良く手入れされた針葉樹の葉が、焦るドライバーに「狭い日本、そんなに急いで何処に行く?」と語りかけてくれます。

 

現在は、須磨寺までに続く道路が隣接されており渋滞も緩和されました。

 

 

 

そして「摩耶ケーブル下の桜並木」も見事で、わざわざ開花時期に車で通り抜けの鑑賞をした思い出があります。

 

講座の合間に“イベ”と言う花が紹介されました。黄色い花はブラジルの「国花」だということですが、いつの日か巡り合いたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

<21.4.17>

我が国最初の近代河川トンネル「湊川隧道」が一般公開になりました。

現在は役目を終えておりますが、120年も前に構築された貴重な土木遺産となっています。

かっての湊川は高さ6m以上の長い堤防が続く天井川であった為に、交通・経済に於いても神戸と兵庫を分断する障害になっており又、その天井川が再三の氾濫を起こし大災害をもたらした事で「新湊川トンネル」に河川の付替えが行われました。

 

      

 

小雨が降る当日は、見学の人々が三々五々トンネルの中に吸い込まれて行きます。

ひんやりした空気の中で、保存会の人がスライドを通して説明の後、木管五重奏のミニコンサートがありました。

「トンネル工事は本来、神戸市の都市政策公共事業にも関わらず、資産運用の面では神戸・大阪・東京の実業家・有力者の32名が実際の事業運営にあたり、民間事業として行われ、その後〝新開地“として発展策の大きな目的がありました。」

 

昭和の新開地には3面が連なった大画面を駆け抜けていく幌馬車の西部劇〝ベンハー“を観た聚楽館と言う大きな映画館とスケート場は青春の思い出です。

 

 

列車トンネルよりも、更に大きい「レンガ造り」のこの隧道トンネルの構造そして、吐口側のデザインは本格的なネオ・ルネッサンス風の完成度の高い当時の技術には優雅な趣があり見学者を魅了させるものでした。

 

 

<21.4.3>これまでに書き貯めていた「写経」をやっと「須磨寺」に奉納することができました。昨年に立ち寄った播州清水寺で購入した写経用紙10枚セットです。

特に後先を考えることなく目に付いたいわゆる“衝動買い”でしたが、コロナ過での無気力な日々の生活の中で書き上げた写経は、その時間の有効活用で完成した10枚でした。

 

須磨寺は源平ゆかりの由緒ある古いお寺です。山陽電車の須磨寺駅から境内に向かう参道・源平の庭が満開の桜で迎えてくれます。

青葉の笛」の音楽碑や「芭蕉」の句碑等、その他多くの歌碑が広い境内に点在しており、それらの「石碑巡り」で歴史を偲ぶのも良いかも知れません。

    

 

納経所でお願いした奉納写経は無料で受け付けてくれます。ご本尊の聖観世音菩薩様のご宝前にお供えした後、「お焚き上げ」するそうでが、

“今どき!無料!”には変に恐縮してしまいました。・・・有難や!有難や!

せめて写経用紙3枚セット(300円)を2セット買い求めて次回の納経に備える事にしました。