calonの御朱印館~墨と朱に魅せられて~

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このブログはマイカー巡礼者calonが各地の寺社で戴いた御朱印を紹介しています。基本的には自分の整理・確認用といった感じですので、詳細な御指摘はご勘弁を。
現在も巡礼中でもあり、データも膨大ですので少しずつUPしていく
予定ですので、気長に見てください。

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 興国山大光院は、1603年(慶長8年)に松平忠吉(徳川家康の第四子)が清州に興国山清善寺として建立された曹洞宗の寺院で、1607年(慶長12年)に忠吉逝去の年に戒名の院号から大光院と改め、1610年(慶長15年)に清州越えにより現在地へ移転されました。


calonの御朱印館~墨と朱に魅せられて~

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calonの御朱印館~墨と朱に魅せられて~ こちらの御朱印は烏瑟沙摩明王を祀っている明王殿。

烏瑟沙摩明王とは不浄を転じて、清浄にする徳を有すもので、不浄の処にこの明王を祀ります。

いわゆる「トイレの神様」ですね。人の嫌がる事を自らやる素晴らしい神様です。
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この神社は中京区にある神社です。


祭神は以下の八柱で、「八所御霊」と称されている。

  • 吉備聖霊(吉備真備とされることも多いが、吉備真備は憤死した人ではないので、神社側は六座の神霊の和魂と解釈している)
  • 崇道天皇(桓武天皇の皇太子、早良親王)
  • 伊予親王(桓武天皇の皇子)
  • 藤原大夫人(伊予親王の母、藤原吉子)
  • 藤大夫(藤原広嗣)
  • 橘大夫(橘逸勢)
  • 文大夫(文屋宮田麻呂)
  • 火雷天神(菅原道真とされることも多いが、神社の創建は道真が天神とされるよりも以前なので、神社側は六座の神霊の荒魂と解釈している)

相殿に天中柱皇神・霊元天皇を祀る。

これらの諸神は(吉備真備を除いて)いずれも政争に巻き込まれて憤死した人々で、その怨霊を慰めるために創建された神社だそうです。



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こちらが下御霊神社の御朱印。
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祇園町にある神社。二十二社(下八社)の一社。

全国にある八坂神社や素鳴尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社である。通称として祇園さんとも呼ばれる。
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御朱印は昔からの社名「祇園社」と書かれます。
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知恩院(ちおんいん)は、浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山(かちょうざん)。正式な寺号は華頂山知恩院大谷寺(かちょうざん ちおんきょういん おおたにでら)。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然。


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徳川諸軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれている。
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やはり圓光大師ということもあり、御朱印は「法然上人」です。


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洛陽三十三観音霊場 第七番 長楽寺です。

延歴24年(西暦805)桓武天皇の勅命によって、伝教大師を開基として大師御親作の観世音菩薩を本尊として創建された。

当初は天台宗・比叡山延暦寺の別院として建てられたが、その後室町時代の初期当時の一代の名僧国阿上人に譲られ時宗(宗祖一遍上人)に改まり、明治39年に時宗の総本山格であった名刹七条道場金光寺が合併し今日に至っている。

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「今昔物語」に一条天皇の朝(九六六即位)巨勢広高、本寺新堂の壁に、地獄変の名画を揮毫して名を得たのだそうです。

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御朱印は「大悲殿」。

大悲殿とは人々の苦しみを救う観音様の大きな慈悲という意味だそうで、転じて観音さまを祀っているお堂のことも差すようになったようです。

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