~ 事例から見る対話の可能性 ~

 

 前回はオープンダイアローグが日本においてどのような広がりを見せているのかについて述べました。

今回は、その実践がどのように広がり、支援の現場にどのような変化をもたらしているのかを、ひきこもり支援現場での事例を通して考えてみたいと思います。

 

 ひきこもりの支援において、私たちはしばしば「どうすれば外に出られるか」「どのように関われば変化が起きるか」といった問いに直面します。

 

 しかし現実には、働きかけが強くなるほど関係がこじれてしまうことも少なくありません。そのような中で、オープンダイアローグの視点は、「変化を起こすこと」よりも「対話をひらくこと」に重きを置きます。

 

 そこでは、結論や解決を急がず、「今ここで何が語られているか」に耳を澄ませることが大切にされます。

 

■ある母親の面接事例(内容は創作・架空したもの)を紹介します。

 60代の母親が「30代の息子が10年以上ひきこもっている」と相談に来られました。これまでにも行政や支援機関につながってきましたが、「まずは、本人に会わせてください」「生活リズムを整えましょう」といった提案に対し、本人が強く拒否し、支援が途切れてしまうことが繰り返されていました。

 

 これまで多くの支援機関に相談してきたものの、「こうした方がよい」という助言を受けても、実際にはうまくいかなかったとのことでした。

 

 面接では、母親が語り続けました。「話しかけても無視される」「このままでは将来が不安で仕方がない」。同じ内容が繰り返され、話は堂々巡りのようにも感じられました。こうした場面では、支援者として何か有効な助言をしなければという焦りが生じてきます。

 

 しかし、ここでオープンダイアローグの姿勢に立ち返り、「繰り返される語りにとどまる」ことを意識します。

 

母親の言葉をそのまま受け取りながら、時折、その響きを確かめるように言葉を返していきます。

「何度も声をかけてこられたのですね」

「反応がない時間の中で、不安が積み重なってきたのですね」

 

 すると、母親の語りの中に少しずつ変化が現れてきました。

「本当はどうしていいかわからなかった」

「何の反応もないので、これ以上関わるのをあきらめた」

という思いが言葉になってきたのです。

 

 さらに数回の対話を重ねる中で、母親の語りにも変化が見られました。「どうしたらいいか」だけでなく、「自分は怖かった」「誰にも言えなかった」という感情が現れてきたのです。

 

 その変化は、問題が解決したというよりも、家族の中での「意味のあり方」が変わり始めたことを示しているように感じられました。

 

 オープンダイアローグの広がりとは、このような対話の質の変化が、さまざまな場で起きていることを指します。教育現場では、不登校の子どもをめぐる対話に取り入れられ、福祉の現場では家族支援のあり方に影響を与えています。

 

 これは具体的な解決が得られたというよりも、問題の捉え方そのものが変わり始めたプロセスといえます。その後、母親は「無理に話しかけるのではなく、同じ家にいる存在として関わってみます」と語るようになりました。

 

 するとある日、「お茶を置いたときに、小さく『ありがとう』と聞こえた気がします」と話されました。それは些細な出来事かもしれませんが、母親にとっては大きな変化として受け止められていました。

 

 この事例が示しているのは、オープンダイアローグの広がりが、必ずしも劇的な変化として現れるわけではないということです。

 

 むしろ、対話の質が変わることで、関係性の中にわずかな揺らぎが生まれ、その積み重ねが変化にいきます。

 

 ひきこもり支援現場では、「正しい関わり方」を求められることが多くあります。しかしオープンダイアローグは、その前提を問い直します。大切なのは、正しい対応を見つけることではなく、「今ここで何が起きているのか」を共に見つめることです。

 

 傾聴を学ぶ私に、この姿勢は大きな示唆を与えてくれました。

相手の話を整理し、意味づけることに意識が向きすぎると、その場で生まれている微細な変化を見逃してしまうことがあります。

 

 むしろ、繰り返される語りや沈黙の中にとどまり、その場の空気や関係の動きに耳を澄ませることが、対話を深める鍵となるんですね。

 

 オープンダイアローグの広がりは、ひきこもり支援のように「変化が見えにくい領域」においてこそ、その価値が際立ちます。

すぐに結果を求めず、関係の中で生まれる小さな変化を大切にする。その積み重ねが、本人と家族の新しいあり方をひらいていきます。

 

 私たちが日々出会う一つひとつの対話の中にも、その可能性はすでに含まれています。答えを急がず、わからなさの中にとどまる。その姿勢そのものが、ひきこもり支援の現場に新しい風をもたらしているのではないかと思いました。

 

 せっかちで「待つ」ことが苦手なワタシ……

オープンダイアローグの姿勢を、自身の「あり方」「生き方」にしていきたいと思いますお願い

 

【参考文献】

森川 すいめい氏(著)「オープンダイアローグ私たちはこうしている」医学書院