「聞く」と「聴く」の違いについて、
考えてみたいと思いました。
◆「聞く」は声が耳に入ってくることで、
「聴く」は声に耳を傾けること
「聞く」とは、語られていることを言葉通りに受け止めること
受動的な「きき方」
。
「聴く」とは、語られていることの裏にある気持ちに触れること能動的な「きき方」と
一般的には定義されるかと思います。
傾聴を学ぶ方は…
聴くができることを目指されている方が多いかと思います。
話し手が自分の心と向き合うことによって、
一緒に個々の心の奥の発掘作業をするイメージですね![]()
ぷんぷん怒っている人が…
表面に出ている怒りや愚痴、悪口を、
自分をわかってくれる人がいない![]()
言っていることを真に受け止めていく
「ちゃんと聞いて」という訴えの内実です。
心の奥底に触れるよりも、
懸命に訴えられていることを、
そのまま受け取るほうがずっと難しいですね![]()
・家族に心の病気の人がいるのだけど、
どうやって話を聞けばいいの?
・職場の部下のことを心配しているのだけど、
どう声をかければいいの?
・身近な人が自分のことをわかってくれない、
どのような話し方をすればわかってくれるの?
・日常の中で、
話を聞くことができずに困っている人たちと、
話を聞いてもらえずに苦しんでいる人たちが
いると思いました。
夫が話を聞いてくれない
妻の言っていることがわからない
子どもが何を考えているのか理解できない
親が何もわかってくれない
「それは嫌だ
」と
何度も何度も言っているのに、
あの人は全然聞いてくれない![]()
今まで「聴く」の陰に隠れていた
「聞く」の価値が浮かび上がってきました![]()
身近な家族、親子、夫婦関係ですと、
同じことの繰り返しの苦情を聞くのは、
なかなか難しくないですか?
私は行政で匿名の相談者からの電話が
週に3回くらいは両親、家族の愚痴、悪口を、
ほとんど一方的に繰り返し話すだけなので、
ついもう少し自分の心に向き合ってほしいなと思ってしまうと
、
なかなか話を聞けなくなってしまいます![]()
同じ愚痴をずっと聞くのはとても大変です。
ですが、私は第三者で距離を置くことができ、
30分という時間制限で、自分を守る枠を作れるので、
なんとか聞いております。
その方も同じ愚痴を30分話して、
スッキリしたと言って、終了してくれますが、
また、怒りが溜まってくると電話をかけてくるというのは
あまり変化は見られません![]()
でも、時間が経過するとともに、
少しずつ落ち着いてきた変化は感じるようになりました![]()
聞くには「誰も自分のことをわかってくれない」
という孤独の痛みを守ってあげるケアと、
その方の日常生活を支えることに
役立っていると考えるようになりました。
ワタシの「聞く」には、
その方の孤独の痛みをケアに役立っていると
感じるようになると…
不思議と自分の心の中に「優しさ」が
芽生えてくるようになりました。
心にとって真の痛みは、
世界に誰も自分のことをわかってくれる人がいないこと![]()
目の前に動かしがたい欠乏があっても…
それでも誰かがその苦しさを聞いてくれ、
わかってくれているならば、
人はしばしその痛みに耐えることができると
思いました![]()
「聞く」が痛みをやり過ごすのに役立った
人間にとって真の痛みとは…
何より「孤独であること」
◆聞くは現実を変える力はなくても、
孤独の痛みを慰める深い力があります![]()
私たちは一人では、
孤独に耐えられないのです。
誰かが一人でも
自分をわかってくれる人が、隣にいなくてはいけない![]()
話を聞くためには、
孤独に耐える必要があるからこそ…
誰かに話を聞いてもらう必要があります。
孤独な挑戦をするためには、
後ろで支えてくれる仲間が必要ですね![]()