◆「聞く技術」から「話してもらう技術」へ
どんな聞き方をすれば、もっと相手に話してもらえるのか
と帯紙に書かれていました。
その言葉に心惹かれ購入しました
それは…
「プロカウンセラーの面接の技術」(杉原 保史氏著)です。
ワタシはカウンセリングでは、相手のこころの声を「聞く技術」(傾聴)を高めることに力点を置いてきましたが…
いくら「聞く側」が傾聴技術に長けていても、「聞いてもらう側」に意欲がなければ、よい結果にはつながらないです
つまり…
傾聴は聞いてほしい側、聞く側の「お互いが協力して、二人でつくっていくプロセス」
ということを諸富 祥彦先生から学びました。
さらに一歩進めると…
相手に話してもらうためには?
相手のこころにもっと軸足を置いたどんな聞き方をすればよいのか?と、ワタシはずっと心にひっかかっていました。
そこで今回色々な視点から、
「話してもらう技術」として教えてくれる
杉原 保史先生の「プロカウンセラーの面接の技術」
からゆっくり少しずつ、ご一緒に学んでいきませんか
相手の「私的で内的な世界」を尋ねる
多くの面接では、相手の考え、意図、欲求、希望などを知るために行います。その人だけにしか知りようがない私的な情報です。
しかし、こうした情報はその人自身さえ、はっきりしていないこともよくあります
例えば、
カウンセラーの私が面接する相手の多くは…
・何が苦しいか
・何が問題であるか
・何がうまくいかないか
については、詳しくしっかりと話すことができますが…
・自分がどうなりたいか
・どうなったら解決したと言えるのか
・『もうカウンセリングに来る必要もなくなったな』
と思えるようになったときには、現状と何が違っているのか
といったことについては、とても不明瞭なことがほとんどです
杉原先生は、
大学に来なくなってしまった学生の多くは、単に動機づけを失って来ることをやめているというより…
大学に来ることを積極的に避けるような振る舞いを見せると言われています。
しかし、彼らの大半は、避ける気持ちについては非常に曖昧で、はっきり説明できないそうです。
避ける気持ちを明瞭に体験すること自体を避けているからです
杉原先生が今も心に残った、ある学生の言葉とは…
「大学から逃げ出し、
逃げ出していることを見つめることからも逃げ出し、
逃げ出していることを見つめることからも逃げ出し、
その見つめることからも逃げ出して、
果てしなく逃げ出して歳月を費やしてしまった」
このように、避けられた体験領域について、
いきなり
「なぜ、大学に来ないのですか?」という直接的な質問を
しても、ただちに有用な答えが返ってこないということです
◆そうなんですよね
でも、ついワタシも直接的な質問をしてしまったことよくあります。
相手のこころに軸足を置かない、直球を出してしまい、
相手との信頼関係を壊してしまうんですね
◆直接的な質問をする前に、まず必要なこと、やることは…
その体験を回避させているもの(恐れや恥)を和らげることです
つまり、それを体験することは「大丈夫なんだよ」と伝えること
であり、
思い切ってその体験に身を委ねるよう、勇気づけていくことです
◆自分自身の私的で内的な世界について、
間違った情報を真実だと信じてしまっている場合もよくあります
杉原先生は、
・自分はやる気がない怠け者
・自分が親に対する愛情が希薄である
・自分は偽善者だ
・自分は人から嫌われている
…などと間違って信じている人がいます。
こうした信念はしばしば長年にわたって強められてきたものであり、
非常に強固であります
恐いのは…
こうした私的で内面的な情報について、問うていくような面接では
意図しないうちに…
間違った情報を信じ込むように誘導してしまう危険性があるということなのです
第三者から確認できるような情報であれば、修正される機会もあるかもしれません。
しかし、私的な内面的な情報は、本人にしかアクセスできない情報ですから、そういう修正の機会が自然に訪れることはあまり期待できません。
だから恐いのです。
例えば、学校に来ない学生に、
「どうして、学校に来ないの?」
「やる気はあるの?ないの?」などと
問い詰めていけば、
その面接自体が、その学生に
「自分はやる気がない人間なんだ」という早まった、そして、
結局は間違った情報を信じ込むように誘導してしまいます
学生が「やる気はあるんです」と答えても、
「じゃあなんで来ないの?」などどさらに尋ねていけば、
学生はこの面接者は「やる気がない」という答え以外は受け付けないんだと感じてしまうでしょう
そのうち、学生は、
「私はやる気がないんです」と言い出すようになるのです
◆えん罪の歴史をひもとけば、
取り調べの面接の過程で、やってもいない人が、
「自分がやりました」と答えるようになったり、
本当に自分がやったのだと、信じ込んでしまうようにさえなったりした例がいくつもありますね
◆夫からのモラハラ発言から
いつもいつも「おまえは馬鹿だ、存在価値がない、人とまともに付き合うことなんてできない人間」などという
間違った情報を言われ続けていると…
「自分は社会で自立して生きていけない」と、外に出る自信をなくしてしまう女性が多いです
このモラハラ発言が呪いの言葉となって、その女性を外に出られない塀を自分自身もつくってしまうのです。
呪いの言葉を解いていくこと…
間違った情報を書き変える作業をしながら、
エンパワメントしていくことが
いかに大事なことかと思います
人間はつじつまのあった説明を求める強い欲求を持った生き物
心の中のことは他者から見えない、いわばブラック・ボックスです。
人間は自分が理解できない行動に出くわすと…
そのブラック・ボックスに対してわかりやすい説明を押し付けようと
してしまいがちです
・学校に行かないのはやる気がないからだ
・みんなが私を避けているのは、私のことがきらいだからだ
・母親が自分を叱るのは自分への愛情がないからだ
このように、自分にとってすっきりする説明をつけて納得したくなるのです。これは本人でさえも同様です。
自分自身が混乱しているとき、安易な説明で自分を納得させようとしてしまうのです
これは人間の防衛本能なんでしょう。
人間はまともな説明がつかないままでいるよりも、
たとえ自分にとって不名誉なものであっても、
みんなが納得できる説明がつく方が安心できる生き物なのです。
◆答えの出ない問題を抱え続けるのが、いかに辛いか。
だから、すぐに答えを出したくなってしまうんですね…
これはカウンセラーも人間ですから、
答えを出して、カウンセラーがすっきりするために、
結論に導きたくなってしまうことと同様です
しかし……
実際の相手の行動や様子をありのままに観察すれば、
その相手の「わかりやすい説明」が
本当には説明になっていないこと…
がわかると思いました。
とりあえず、自分がわかった気になる、
自分が安心感のために役立っている、
「わかりやすい説明」をしているか?と
自分自身のこころの声に問い合わせすることは大切ですね。
要注意
「わかりやすい説明」「すっきり説明できる」
それにはきっと違和感、モヤモヤ感がくっついているような気がしました