私たちは苦痛を感じているとき、「誰がこんなことを私にしたのだ、誰の責任なんだ」と自分自身に問いかけます。誰かのせいにしたいという衝動は、慢性的な怒りの根っこにあります。自分の不安、傷つき、心理的な緊張などに誰かに責任があると決めつけられれば、ストレスを怒りで発散するのは正当だと感じられます。そして、ストレスは遮断または放出され、しばらくの間、気持ちが良くなります。
しかし、自分の苦痛に他の誰かが責任があると考える習慣には問題があります。苦痛を感じているかいないか、ニーズが満たされているかいないか、人間関係が心地良く感じられるかどうかは、完全に自分の選択によって決定されるからです。その理由は次の4つです。
① 私のニーズを本当に知って理解しているのは自分だけ
私が何を心地良く感じ、何を嫌だと感じるのかを知っているのは私です。他の人は私が何に喜びを感じ、何に傷つきやすいのか、推測することしかできません。私のニーズについて、自分が明らかに思えることのほとんどが私と親しい間柄の人さえわからないものです。
② 他の人がそれぞれの自分のニーズを満たすことに集中するのは当然なこと
私の第一の責任は自分自身の面倒を見ること、自分の苦痛を最小にし、自分が心地良い感情を持てるようにし、自分にとって最も満足がいく経験を求めることにほかなりません。私の面倒を見るのは他の人たちの責任ではありません。他の人も自分自身の生活と健康を良好にしておこうというニーズを第一優先にしているにすぎないのです。
③ 人のニーズが衝突することは避けられない
誰もが基本的なニーズを満たそうとして苦心しています。それがしばしば意見の食い違いや競争に結びつきます。衝突に対しての一番良い解決法は妥協、つまり相手に何かをあげて相手から何かをもらうことです。
④ 生活全般の自分の満足感は、ニーズを満たし苦痛を避ける方法がうまく働くかどうかにかかっている
もし、自分が幸せでないなら、感情的に満たされるために自分がふだん使っている方法がうまく働いていないということなのです。他の人の責任ではありません。
(1)「自己責任」の原則
どのように怒りを変えてくれるかを理解するために、次の二つの仮定から考えていきます。
◆二つのルール
①自分の苦痛に責任を持つのは自分自身
②自分のニーズがより良く満たされるように、対処方法を変える責任を持つのは自分自身
この二つのルールを適用することで、問題のある状況に対する自分の態度を根本から変えられます。無力な怒りではなく、状況をコントロールする自分自身の力に気づくことができるからです。
自己責任の原則を用いることで、問題解決の新たな選択肢が作り出せることに注目してください。このような解決法は「引き金思考」や「被害者意識」に気持ちが集中しているときには、決して浮かばないものです。自分が被害者だと思っているかぎり、事態を変えてより良くする責任は相手にあると感じているからです。
◆責任を引き受けるための6つのステップ
責任を引き受けることによって、状況を変える大切な決断をすることができます。誰かの行動に満足していないとき、責任のある決断をするための6つのステップです。
①相手を説得するために、より効果的な方法を考え出す
②自分自身で自分のニーズの面倒を見る
③援助、思いやり、評価を与えてくれる他者を探す
自分が必要とするものを与えられない場合や与えてくれる人がいない場合は、相手に要求し続けずにどこか他で探すのがポイントです。
④限界を設定する
これは「イヤだ」と言う技術です。怒りは誰かのために何かをしなければならないプレッシャーから起こることが非常に多いです。自分が限界を設定しようとしないことに問題があります。自分がしたくないことに対して「NO」というのは自分の責任です。
自分には限界があり、ここまでしかするつもりがない、というメッセージをどうやってわかってもらうかということを考えるのです。限界とはよいフェンスのようなものです。
はっきりとした境界線として機能し、他の人を自分の領域に入って来させません。でも、限界は自分にしかわかりません。はっきりと口に出すことで自分の限界を明白なものにできます。
⑤はっきりと交渉する
これは「ほしいもの」を直接求めるプロセスです。
自分のニーズはしばしば他の人のニーズと衝突しますから、単に頼むだけでは十分ではありません。双方が満足できるように何かを交換に提供したり、妥協したりする必要があるかもしれません。
⑥気にしないことにする(放置する)
二つの方法があります。第一の方法は「状況は変わりそうになく、受け入れなければならないと認めること」です。抵抗したりののしったりしても、欲求不満とストレスが深まるだけです。第二の方法は「自分にとって何も得るところがなく、有害な状況と人間関係をはっきりと認識すること」です。
気にしないためには、この状況は「変わらないということ」と「そこから得られる利益の価値よりも、損害の方が大きいということ」の2点を直視しなければなりません。
責任を引き受けるための他の方法が機能しなかったときの最後の選択肢となります。しかし、それはもしかすると一番大切な選択肢かもしれません。最後の最後に自分を守ってくれる選択肢、何も変わりそうにない状態で苦しんでいる自分の無力感への最後の答えなのです。
ただ怒りを抱えている人は「気にしないことにする」ことの代償を支払いたくないのです。何かを失いたくない、拒否や非難をされたくない、罪悪感、孤独を感じたくないのです。だから自分ではどうしようもできない感情、被害者意識を持ってしまいます。自分で自分の面倒をみると時には高い代償を支払わなければなりません。
しかし、それを払いたくないとしても、その選択についてはやはり自分が責任を持つことになるのです。 私たちは怒っているとき、自分自身ではなく、相手を変えたいと思ってしまいます。自分のニーズを満たし、痛みを取り去るために他の人を変えようとします。まったく自分のこととして引き受けるのはそう簡単ではないですね。
(2)責任を引き受けることはなぜ望ましいのか
◆第一の理由
怒りはあまりにも健康に良くないからです。身体的に怒りは潰瘍、高血圧、心血管疾患の可能性を高めます。慢性的で爆発寸前の状態を怒りを続けていると、身体は常に戦いの準備をしているようなもので、継続的な興奮がいつか病気を引き起こすかもしれません。怒りは人間関係も壊します。怒りっぽい人は自分がどんどん孤立していくことがわかります。友人や家族は緊張し敵意に嫌気をさしてきます。
◆第二の理由
長い目で見れば、怒りで他の人を変えることはできないからです。短期的には怒りがしばしば効果的です。相手は傷つきまたはショックを受け、一時的に相手は変化したように見せかけるかもしれません。しかし、怒りで押さえつけようとし続けるならば、相手は攻撃に慣れていつか抵抗したり避けたりしてくるでしょう。
(3)「自己責任」原則の意味
①すべての人とのかかわりの結果に責任を持つのは自分
他の人の私への扱い方に満足できないとき、結果を変えられるのは自分自身の行動を変えたときです。
②自分のニースを満たしたり、問題を解決したりするのに、ある方法が通用できなかったからといって、他の人を非難する理由はまったくない
役に立つ新しい方法を試し続けるのは、自分の責任です。
③適切な問いは「私の苦痛に責任があるのは誰?」ではなくて、「私の苦痛に自分が何ができるのか?」
④怒りのような強制的な方略を長期間にわたって使っているならば、周囲からのサポートや感謝は時間が経つにつれて減っていくことが予想されます。
⑤他の人が変わることを期待することはできない
誰もその時点で手に入る最善の問題解決方法を使っています。その方法は私にとって苦痛かもしれないし、私のニーズを満たしていないかもしれません。しかし、他の人は新しい行動が自分にとって利益があると気づいたときにだけ変わります。それを責めることはできません。
⑥人間関係は二つの基本的な選択のどちらかになる。順応するか?あきらめるか?です
自分のニーズがいつまでも満たされず、苦痛を伴う面ばかり続く人間関係ならば、あきらめるのが唯一の健康的な選択です。あきらめるのは、「自分の期待」か「相手との関係そのもの」かのどちらかです。
基本的には自分にとって意味ある人間関係において、何か大切なニーズを満たそうとしてうまくいかなかったというなら、この事態が変わるという期待をあきらめようと決心できるかもしれません。
逆にある人との関係から生じる苦痛と欲求不満がそこから得られるものより大きい場合には、その相手のもとを去るという形であきらめることができるかもしれません。
⑦私は決して被害者ではない。私にはいつも選択権がある
本当の意味で被害者となりうるのは、子どもだけです。子どもは自分の生活をコントロールする力をほとんど持っていないからです。しかし、大人は被害者となることを選んでいるのです。
大人には「選択権」があるからです。
<怒りの分析>
1 ストレス
A:もともとあったストレス(痛みとして感じられる情動、感覚、満たされないニーズ、脅威)
B:差し迫ったストレス(痛みとして感じられる情動、感覚、満たされないニーズ、脅威)
2 引き金思考
A:あなたが悪い
B:すべき思考
3 私のニーズを満たすために他の人を説得するには、怒りよりももっと効果的な方法があるか?
4 私自身のニーズを満たすため(又はストレスを軽減するため)私は何ができるか?
5 私が怒りを感じている相手以外に援助、思いやり、評価を与えてくれる人を探すことができるか?
6 本当は「ここからダメだ」と自分の限界を設定したいのか、その限界を認めたり主張したりすることを怖がっていることはないか?
7 私がほしいもののためにどのような交渉できるか?
A:私の要求
B:可能な妥協
8 この状況で、どうすれば気にしないであきらめられるか(もしも他の方法がうまくいかなかったら)
【参考文献】
マシュー・マッケイ+ピーター・D・ロジャーズ(2013)「怒りのセルフコントロール」明石書店
安藤俊介(2018)「アンガーマネジメント実践講座」PHPビジネス新書