人間関係の問題の多くの場合……
もしかして、相手に完全に理解してもらえるという強い期待が裏切られた時?
私たちは誰もが他の人に自分の考えすべてを理解してもらい、相手にすべてを受け止めてほしいという思いが強いと…裏切られたときはがっかりすること、だけでなくも出てきてしまいますね。
特に親しい関係性の、夫婦や家族などに対しては期待が強くなりますね。こんなに傍にいるんだったら、このくらい理解していても当たり前と…
当たり前、常識、当然、いわゆる「べき思考」ですが…その他に期待を裏切る原因には、ワタシは人間の習性にもありそうな気がしました。
◆第64回日本レコード大賞 SEKAI NO OWARIの「Habit」
歌詞のように「分類くせ、習性」で人を無意識のうちに理解しているかもしれない
と感じました
「君たちったら何でもかんでも
分類、区別、ジャンル分けしたがる
ヒトはなぜか分類したがる習性があるとかないとか
この世の中2種類の人間がいるとか言う君たちが標的
持ってるヤツとモテないやつとか
ちゃんとやるヤツとヤッてないヤツとか……」
この歌では「自分で自分を分類するな」
「自分をどう分類するか」ではなく、「いかに自分らしく生きるか」という若者へのメッセージが込められています
しかし、自分だけでなく、相手のことを分類しながら理解しているときがあるなあと感じました
特に親しくない相手の話を聞くときには、先に分類してしまう傾向が強いですね
広くて複雑な世の中を理解するため、自分の心身を守るために無意識のうちに頭の中にフォルダを作り、人を分類しているかもしれない
しかも、たいていはまだ言葉を交わしたことがないうちから、その人たちをフォルダーに入れます。だいたい自分を取り巻く価値観やそれぞれの個人的な経験によって影響された、大雑把な先入観で分類をしてしまっていると思いました
中には正確で役に立つ分類もあるかもしれません。しかし、注意しないと、性急に分類したせいで、理解を弱め現実を歪めてしまう可能性があります
これは相手がどんな人かを知る前に、その人のことを早々に決めつけてしまう
「はいはい、わかっている」症候群と言えるかもしれませんね。
私たちは反射的に自分はわかっているという幻想を持つ傾向があります。
そのために、耳を傾けたいという気持ちが弱まってしまうのです
無意識のうちに、自分の先入観に合ったものだけに耳を傾け、選択的に聴くようになります。自分の先入観に沿った言動を相手がするように促してしまうことだってあり得ます…これはまずい
私たち誰もが先入観を持っています。
それは「分類したいという無意識の衝動」と、「自分が経験したことがないものは想像しにくいという人間の性質」が原因と言われています。
先入観を大雑把に当てはめたり、集合的に考えたりするのは、「聴くこと」を邪魔してしまいますね
人間の習性「分類くせ」、先入観を持っていることはしかたがない。
でも、早めに気づくように心がけたいと思いました