手当たり次第に気持ちを夫にぶつけないのも

不機嫌そうな言動に耐えるのも

でも言うべきことは恐れず言うのも

子ども達の前で気丈に振る舞うのも

今まで通り家事を一生懸命やるのも

ちゃんと身だしなみを整えるのも

仕事を頑張るのも



誰のためでもない、
すべては

「自分のため」にやっているのだと

常に自分自身に言い聞かせる。



やれることは全部やり切った!
と自分に満足できたなら、
結果がどんな形であれ受け入れられるはず。
きっと明日につながるはず。



例えば、アスリート達は、
自分の持てる力を全て出し切った試合の負けには悔いが残らないと言います。


満たされない「勝ち」より
後悔のない清々しい「負け」


そして次の段階へ大きな一歩を踏み出す。


それと同じ。


夫の不倫を
とてもとても楽観的に考えてみる。
無理にでも考えてみる。


夫と女のやり取りを、
安いドラマでも観ているように、
バカップルの行く末を
感情移入なしで高みの見物を決め込む。


現実に一大事が起こっていることを
まるで
夢でも見たかのように他人事にしてしまい、
自分の生活とは切り離す。


(とても苦しくて、そんなことはできない)

と思ったとしても、


辛い気持ちでがんじがらめになった心を
たまには解放して、少し楽にしてあげる…。

最終的に自分が幸せになるために、
いま自分が置かれた状況を何とかしたいと思ってする努力の中には、
そんなことも含まれるのかも知れません。


きっと

少しずつ少しずつ できるようになるから。


意識的にか無意識にか、過去を書き換えた夫。

不倫真っ只中の夫にしてみれば、
家族での楽しかった思い出や夫婦の語らいなど記憶のはるか彼方に置いてくるか、
忘れたふりでもしないことには今の自分の立場がない。



だから、自分の都合のいいように勝手に過去を書き換える。



だとすると、将来…
つまり
今が過去になった時を想像してみると…

たとえば

あなたが、真っ暗闇の長いトンネルから抜け出し
自分の人生を素敵に生きているとして、
そんな風に
魅力的に変わりゆく妻を目の前にした時、
果たして夫はどうするか…。



今の出来事を記憶として呼び起こす際に
またしても彼は
自分の都合のいいように、
過去を勝手に書き換えるかも知れません。



なぜなら

今の争いを記憶から消し、「自分はずーっといい夫だった」と自分自身で思えないと、
夫婦として、当たり前にしていられないかも知れない…。

もちろん、
家族を裏切ったことは、言われなくてもわかっている…。

今さらながら未練タップリの夫は
そんな、自分勝手で複雑な心境に陥るかも知れません。



その時、そんな夫を前にして
あなたは揺るぎなく、自分の思った通りに生きていけばいい。
夫婦を続けるもよし、離婚するもよし。



そして…
不倫相手との蜜月の日々…。

そんなものは多分、夫の記憶からは跡形もなく消え去っている。

ただ、それは、過去を書き換えたのではなく
不倫相手との年月など「思い出」にすらならないという理由で。


夫に問うてみます。

(妻)あの時、こう言ったよね。

(夫)そんなこと、言ってないよ。そっちの勘違いだよ!(断定)


お互い周知の事実のはずが、もはや二人の間での認識が全く違う。

「言った言わない」はもとより、何から何まで一致しなくなる。

夫婦の間に起こった出来事の多くが、
今までとは正反対の記憶として語られる…。



夫婦が、当たり前に夫婦でいられた時に、対等な関係で普通にできたケンカは、
いつの間にか、
問い詰める加害者(妻)と 責められるかわいそうな被害者(夫)として一方的に関係性を変えられ、
「犬も食わなかった夫婦げんか」は、
思い出したくもない「忌まわしい過去」として扱われる……。



不倫をした夫は
困惑し、うろたえる妻を尻目に
平然と過去を書き換えます。


(つづく)



どんなに気の強い妻でも、
どれほど自分に自信があったとしても、

夫の不倫の形跡を見つけた時には
誰でも

心臓はバクバク

手はワナワナ震え

頭は真っ白になり

自分では気づかないけど、
多分、目は血走っているに違いない。


以来、不倫の証拠を見つける度に
幾度となく同じ状態に陥る。


そしてある日……


手の震えが収まり、証拠写真もブレずに上手に撮れるようになる。
証拠を目の当たりにした時の、
気が遠くなるような感覚も徐々に薄れ、
不倫夫の不審な行動にも心がザワつかなくなる。


それはあなたが
不倫バカップルの行状に慣れたためでも
何かを諦めたりしたわけでもなくて、
自分たちの夫婦関係を冷静に俯瞰できるようになったからかも知れません。

つまり
自分自身を第三者的に捉えることができるようになった、
ということ。


それは、あえて言うなら、
人として女として
ワンランク、ステージが上がった、
と言えるのではないでしょうか。


その時その時の身体の反応を
心のバロメーターにして一歩ずつ進む。


いつかの自分のために
穏やかに過ごせる日々を少しずつ増やしていく。

少し楽になった自分自身を発見しながら
時間をかけて、ゆっくりと。