「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とは

意味:
恐怖心や疑いの気持ちがあると、何でもないものまで恐ろしいものに見えることの例え。
また、恐ろしいと思っていたものも、正体を知ると何でもなくなるということのたとえ。

注釈:
「尾花」はススキの穂のことで、幽霊だと思って恐れていたものが、よく見たら枯れたススキの穂だったという意味から。
疑心暗鬼で物事を見ると、悪いほうに想像が膨らんで、ありもしないことに恐れるようになるということ。

(いずれも【故事ことわざ辞典】から)




これ、

夫の不倫にもあてはまる。




いつもと変わらない…はずだったある日…。

なぜか覗いた夫の携帯。

そこには
知らない名前の誰かとのたくさんの言葉のやり取り。

弾む夫の心が透けて見えた。

夫の笑顔、仕事人としての常識的な顔、父親としての顔、愛し合っている時の顔、
それらが、クラクラする頭の中をグルグル駆け巡る。

手にする携帯が汚物のように感じられ、放り投げたくなる。

めまいでメールの文字がダブって見え、
軽薄で幼稚で気持ち悪い文章の羅列に吐き気がする。

まるで、
見ず知らずの赤の他人に
我が家のリビングにズカズカと土足で踏み込まれたような感覚。



いつからか、
相手の女が怪物のように感じられ、
得体の知れなさに恐怖心を抱くようになる。


そして、
数日、数ヶ月、数年と月日を経る中、
ある日気がつく。



不倫相手を
まるで魔物のように感じていた自分。

夫は魔物に取り憑かれてしまったと思い込み
人生そのものを否定されたような気になり
人格を拒否されたように思い
未来を奪われたように感じ
ただ身を縮め、
息も絶え絶えに暮らしていた。

挙句の果てに
今を生きることさえやめてしまいそうになっていた…。




なんのことはない、
魔物に取り憑かれていたのは、自分。




まさしく

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」


夫の不倫は「青天の霹靂」だったかも知れないけれど、
決して恐るるに足るものではない。


夫の不倫が些細なことだと言ってるわけではなく、
過度の妄想から自力で抜け出せたということが

それだけで「凄い」と思うのです。


離婚するかしないかで迷っている時、

「もしも、夫と離婚したら…」
「このまま夫婦を続けるなら…」

この、両方の場合について
思いつく あらゆる利害を考えてみる。

一切の感情を挟まず
行動面や経済面について
冷静に、事務的に、見積もり、計算する。
ノートに書き出し、徹底的に比較する。


どんな困難があろうとも、究極「この人とずっと一緒にいたい」と思ってするのが
「結婚」だとしたら、

愛だの恋だのは脇に置いて
自分の今を見つめ、未来を細かく想定した上で踏み切るのが
「離婚」と割り切り、

今後の生活をシミュレーションしてみる。


それがうまく出来ない場合…


つまり、
どうしても感情が顔を出してしまう時には
「離婚したくない自分」を発見するかも知れません。

この場合、
離婚を考えること自体が時期尚早なのだと素直に認め、
今を少しでも楽に暮らせるための方法を考えるべく、そちらに心と頭をシフトさせる。
(実際にすぐにできるかどうかは別にして)



離婚するかしないかで迷った時には
自分なりのシミュレーションで損得勘定をはじき出しながら、
同時に、
その時に生まれた心の声に耳を傾けてみる。

そして、その声に素直に従う。

苦しみながらも、そんなことを繰り返しているうちに
今、ほんとうはどうしたいのかが、
少しずつ、わかってくるようになるのです。

不安なのは、
夫が今何をしているかわからないから。

四六時中あれこれ想像してしまい、
仕事も家事も手につかず
居ても立ってもいられない。


"魔法の鏡" であなたの暮らしを映したい…
そんな歌詞を思い出し、悶々と過ごしたり、

"どこでもドア" があったらいいけど、
いきなり不倫カップルの前に現れた自分は、一体どうしてしまうんだろう、
と真剣に考えたり…。


そう…、わかってる。


「魔法の鏡」なんて、
どんなに欲しくても絶対手に入らない。


夫が今どこにいるのかを知っているのは
まぎれもなく、夫 本人だけ。


想像でしかないことを、ああでもないこうでもないと考えて一日が漫然と過ぎていき、
明日も明後日も同じように過ごしても
苦しいだけで 何にもいいことないなぁ~、って思えたら、心に少しゆとりが生まれたのかも。

何かが変化し始める小さくて大きな一歩を踏み出しているのですよ、きっと。


「子どものために離婚しない」
「子どもがいるから離婚はできない」
「子どもがいなかったら、とっくに別れているのだけれど」

そんなふうに言う時、


実は、
子どものために離婚しないのではなく、
なんらかの理由で
自分が夫と別れたくない、別れられない…。

けれどもそれを認めたくない気持ちが、
「子ども」を言い訳にしてしまっている…、

ということが
往々にしてあるかも知れません。


なぜ「子どものために離婚しない」と言っているのか。

自分の発する言葉の裏に隠れている本音に気づいて、
それを引っ張り出してみる。


たとえば、

経済的な理由だったり
ひとりになるのが怖かったり
世間体を気にしていたり
そして、
不倫されても
やっぱり夫のことが、好きだったり……



理由はどうであれ、別れるつもりがないなら


「今は、離婚はしない」


と静かに心に決めればいいのです。


きっと、どこかで誰かが
その決心を見守って
あなたを優しく包んでくれるはずだから。


「子どもから父親を奪ってしまうのはかわいそう」

「子どものために私が我慢すればいい」

「両親が揃ってないと子どもは肩身が狭い」

「子どもにとってはたった一人の父親」

「子どもはお父さんのことが好き」


母親が、子どもの幸せを考えた時
このような理由(他にもいろいろありますが)で、
離婚を踏みとどまる場合があります。

でも、

子どもたちの年齢や数にもよるけれど、
夫婦の問題に子どもを絡ませてくるのは、
かえって子どもの幸せを遠ざけることになるのではないか…。

そんな風に思います。


たとえば、、、、、



  *  *  *  *  *  *



数年後…

彼ら彼女らが少し大人になった時、
依然夫婦仲が悪いままの両親から、「あなた達のために我慢した」と言われたなら…、


「離婚しなかったのは私たちが居たから…」
と自分を責めたり、

「俺たちのせいにするな!」
と反発したり、

「離婚しないでと頼んだ覚えはない!」
と叫んだり、

「早く離婚してほしかった…」
と辛そうに言ったり、


とにかく
様々な形で子ども達はとても複雑な気持ちを抱えることになるかも知れません。



  *  *  *  *  *  *



もしも離婚を考えるなら、

たとえ子ども達から「離婚しないで」と懇願されたとしても…
子どもの年齢にかかわらず両親の離婚は子どもにとって辛いものだけれども…

離婚は、やはり夫婦の問題だと認識し、
そこに子ども達を巻き込むことは避けた方が賢明かも知れません。



それでも、あなたが……



離婚しない理由・したくない理由として
「子どものため」と言うのなら、

実は、それは、

心のどこかに
離婚を選択しない別の理由・本音が隠れている……、
ということなのかも知れません。


(続きます)