一つの答え~人の生
僕の、人生のテーマ的課題として在り続けてきた、「喪失感」に、一つの答えが出ました。
まだくっきり見えたわけではありませんが。
人生を歩いていくと、「時間」というものが、あたかも前提のようについてきます。
それに伴って、次の一瞬には、その前の一瞬間は、失われます。
「一瞬」の中で結んだ、大切過ぎる「絆」は、結ぶ毎に、掌から零れ落ちていきます。
そんなことの連続ですから、当然のように、「想い出」と謳われる「過去」には二度と触れられません。
許されるのは想い返すことのみです。その許された権利としての「想い出」も「時」とともに色褪せていきます。
この居た堪れない遣る瀬無さ。越えるには、「明日への希望」なのかとも考えましたが、その場しのぎ程度。
その「明日」も、気付けば「昨日」になっていますから。
『失うものが多く在りすぎて、その中で希望の道を見つけるだなんて。』
『忘れたくはない、消え去ってほしくない』
宇宙の法則の一つですから、出来る限りを尽くして、あとは委ねる、諦める。
それ以外できることはない。
かと思いつつあったのですが、ここに来て、ぼくの頭と心を貫いたのが、「時を超える」ことでした。
「越える」ではなく「超える」。
タイムスリップ的な話ではなく、「時」という概念を「超える」。「時」を意に介す間もない圧倒的感動。
「美」です。単純に「綺麗」とかでなく、本物の「美しさ」。「時を超える美」。「永遠」の美。
僕の中でもまだ、感覚的にしか触れられてもいなければ、掴めるのはいつになるのか、といった具合なので、表現(言葉)を適切に嵌められていないかもしれませんが、今思いつくワードは「美」です。
この「美」を自然の中で見つけました。ですが、それと同時に直感的に、「この『美』は人の中にこそ見えるはず」という思いが湧いてきました。「生」の「美」。人が本来持っているもの。
これを表して生きていくこと。死んでいくこと。これをしなければと思っています。まだまだ抽象的ですが。
そして、表現者として、この感覚を、この「美」を、形に現すことにも取り組んでいけたら、と思っています。
ぼくのこれからの人生のテーマの一つが、「美」になりそうです。
『もしドラ』
2冊目は「もしドラ」を読みました。ちょいと「いまさら」感。
昨年友人からお借りしたのですが、ずっと読んでいなくって。。
愉しみましたよ。面白かったです。
ただ、ブログでどこまで書こうか、という記事自体のコンセンプトがブレていて。。
なので、ネタバレ的なことを嫌いつつ、
誰も読まなそうな本を狙って、読んで、書いていきます。
この記事は、とりあえず、「継続の力」の発揮のために書きました。
細胞
ここのところ、芽が吹いてきてる気がします。
もともと、自分でも、素養は感じてはいたのですが、特別蠢くことはなく。。
きっと今のような「時」を待ってたんだと思います。自分の深くにいる者も。
そして、最近、キてるので、この時に啓けたらいいのかなと思ってます。
そうなると、今まで後ろにいた自分も表に出てこれるかとも思います。
気兼ねなく、さり気なく。
まぁ、焦らずに。そして、楽しみに。