最近は忙しくてネットも30分くらいしか出来ないんで・・・
読み逃げどころか読んでもいねぇ~って状況で、すんまそんorz
LEOはプロテスタントのクリスチャンだから普通は牧師さんの聖書の
講座を受けてるんだけど、カトリックのほうの講座とかも行ってみたり
なんか色々やっております。
神父さんではなく司教様(神父よりエライ!!)の講座はまた切り口が
違うから面白かったり、講座も全行程じゃなく単発でも1回分の費用で
受けられたりするから、興味本位で行っちゃってる( ´艸`)
リハビリもなくなり、時間的にも余裕がでてきたおかげで色んな講座に
参加してる。
今日はアメリカの臨床心理学者、トマス・ゴードン博士が開発した
コミュニケーションプログラムを基にした親業訓練。
今日はその入門編のセミナーに行ってきました。
親業なんていうとちょっと胡散臭いところもあったんだけど、子供を産んだら
その日からなんの訓練も教えもなく親になってしまう不安を抱える親のために
コミュニケーションから学び、イイ親子関係を築いていこうというもの。
だから、親子に限らず、ここで学んだことは友人知人、上司部下なんかの人間
関係にもおおいに役立つものになる。
とても興味深かったよ。そしてこれは意識の問題だし、知らないことではない。
教えられたことは特に真新しいことでも何でもないんだけど、日頃、日常の中で
意識していないこと。
言われてみれば、「確かにね~」、「ごもっとも」って納得できる内容。
だから難しいことはひとつもないっていうのが感想。
ただ、これが実践できるのかというと・・・難しい!!
なんでもそうなんだけど、意識するって言うことが大事なんだろうね。
例えば、姿勢を良くするなんていうのは、意識さえしていればできないことは
ないけど、その意識を持てるかどうかだもんね。
ついつい何も考えないでいるから、猫背にもなるし、お腹もつき出ちゃう。
ここを意識する。そして意識し続ける。意識が定着する。
そこまで持っていければ。もう意識しなくても当たり前になるでしょ。
そういうことだよね。
どうしても理屈で子育てしちゃうから、たまたま上の子たちはそれで良かった
のかもしれないけど、HYJILIは理攻めじゃあダメなんだろうな~
人の性格はみんな違うから、どんなアピールをしていくかはそれぞれなんだけど
そこは相手の反応を見ながらってことになるのかな?
忘備録的に、そして参考にしてもらえればと思って触りだけブログにしておく。
「最近、腰や足が痛くて~」と言ったときに
「もう年なんだから、仕方ないよ~」って言われたとき、どう思う?
関係性にもよるけど、親しい人だったり同年代の人に言われたら、なんとなく
受け入れられるかもでしょ。
でも大して仲良くもない人だったり、年下に言われたら、ちょっとムッとなる?
そんな感じで話を聞いたときの反応って概ね12に分けられる。
命令・脅迫・説教・提案・講義・非難・同意・侮辱・解釈・同情・尋問・誤魔化し
全部の例をやってきたけど、数種類あげると・・・
「最近、腰や足が痛くて~」に対し
命令:「だったら早く病院に行きなさい」
説教:「痩せないから、負担がかかって痛くなるんだよ」
同情:「可哀想に、痛いんだ~、辛いでしょ?」
侮辱:「気のせいなんだよ、全く大袈裟なんだから」
尋問:「どうしたの?転んだの?ぶつけたの?何か思い当たることある?」
と言ったようにね。
文字通りにとるとヒドイ言い方だな~って思うかもしれないけど、ひとつひとつ
良く解釈すれば、心配していたりするんだよね。
説教にしても痩せた方が健康のためにいいんだから、侮辱にしたって気を紛らわせて
あげようとしてるとか。
親子の場合、ベースになるのは心配なんだけど、ついつい例のような調子になって
しまうことがあるわけで、でも相手が何を望んでいるのかってことを考えてあげる、
察してあげる必要があるって。
よく、相談するとき男性は解決策を求め、女性はただ共感を求め聞いて欲しいだけ
っていうよね。全員に当てはまらないけどね。
LEOは何かしらの方法を提示してもらった方が嬉しいw
でもたまには、「ちょっと聞いて~!!」って愚痴るだけ愚痴ってサッパリする
こともある。
そこらへんは、空気を読むじゃなくて、相手の表情を読む(努力をする)。
記号(言葉、口調、表情、身振り)を送ってきたら、それを解釈して記号で返す。
その解釈が正しいときと違うときがあるだろうけど、このやり取りで正しいもの
に近づけていく・・・ということ。
まぁすぐに実践できるようなもんじゃないけどね。
これが24時間講座で初級が終わるらしい・・・ちょっと無理かな~(笑)
時間的にも費用的にも( ´艸`)
また気になる講座に行ってみよう。