思われが・ち・だ・が・・・

過去編だもんね、2度目のがんの話もしないと。
っていっても2度目は1度目ほど長くないんだよ。
さっさと終わらせてしまおう・・・ってこともないか

がんを患ったら、もう一生お付き合いをしていかなくてはならない。
1か月ごと3か月ごと、そのうち落ち着いて半年ごとって定期検診
がつきまとう。
いや~つきまとうなんて書き方しちゃいかんね。

ありがたいことです。早期発見早期治療ができるわけで、なまじ
健康に自信があって過信しすぎてる人よりはいいのかもしれない。
そして会社で年に一回健康診断やってますから大丈夫ですよ~って
人も実は危ないってことを肝に銘じておくといいよね。
特に肺癌は見つかった時には手遅れってケースが多い。

LEOも知り合いも、毎年検診受けてたのに、肺癌見つかって半年
で逝ってしまったよ・・・そういうの数人いる。

手術さえできないとか、信じられない

まぁそんなわけで最初の癌の手術が1998年12月だった。
すでにシングルマザーだったLEOはとにかくうちで出来る仕事って
ことを考えるわけだ。
それまでの別居生活で多少なりとも貯蓄を削ってきていたからね。
で、当時考えたのがCAD,DTP,そしてWEB。

すごく変な話、初期投資っていうのも考えなきゃね。
CADやるならソフトだけで100万近くするし、DTPもプロユース
の例えばイラレとかフォトショがいるし、WEBはHTMLが書ければ
いいんだからメモ帳でもできるよな。
はい、WEBクリエータをやりましょうって独学で始める。
かなり始めた時期としてはよくって、その後ITバブルなるものが来る。
まぁ実際はやりだすとイラレやフォトショは勿論FLASHやらドリームウィーバー
やらって必要になってくるんだけど、その時はまだタグの手打ちで!!
かのY○HOOをはじめ、Ca○ioだのなんだのレギュラーで仕事が
もらえたりして、順調順調。

HYJILIを出産するときは病院にノートPC持ち込んで締切に追わ
れる生活。でも子供たちと過ごせるのはやっぱりいいよね。

定期検診のときはいろいろと辛いこともあったな~

骨シンチという検査ではアイソトープを含む注射をして骨に転移がないか
スキャンする。これつまり放射能ですよ

それで体に回るまで2時間くらい待たなければならない。
レントゲンや超音波なんかだと看護師さんがHYJILIを抱っこしてくれたり
して安心なんだけど、さすがに2時間ちかく預かっちゃくれないよ。
それで鉛のエプロンをつけてその状態でHYJILIを抱っこしたりするの。
検査が終わってウチに帰ると、もう夜まで子供たちには近づかないように
して、水分をガッツリ摂って放射線物質を体外に出すんだけどさ。
やっぱりこれは精神的にしんどかったね。

今考えるとベビーシッターさんとかに預ければよかったんだけど、保育園も
一時保育なんてしてなかったし、なんか思いつかなかったんだよね。
そのうち仕事の打ち合わせが増えるようになったら、ベビーシッターさん
頼んだり、銀座方面で打ち合わせのときは帝国ホテルのベビールームに預け
たりしだしたけどね。
ひょ~RICHIEだった・・・じゃなくてRICHだったじゃん

まぁ順調にその後2004年の夏までは平穏な日々だったのさ

・・・ところが、そうこの夏の日、例によって定期検査をした結果
超音波検査でひっかかった。

もうお分かりでしょうが、ここから2度目の原発乳癌のはじまりなわけ。

一応、続く・・・2回目はすぐに終わるよ(爆)