阪神大震災の翌日から、務めていたコールセンターは営業を開始した。


某石油系カードの会員向けインフォメーションには、阪神方面の道路規制や

抜け道に関する問合せが殺到していた。


1週間ほど経ったある日、こんな問合せが入った。


”こちらで銭湯なんてわかりませんか。メニュー外だし無理ですよね。”


理由を聞くと、被災地に両親が住んでおり、家は何とか全壊を免れたが

ずっと水とガスが止まっているので風呂に入れていない。

近くで営業している銭湯があれば、教えてあげたいと言うものだった。


勿論、資料はなかったが、「一度お調べしてみます。お時間を頂けますか。」と答えた。


それから、タウンページを持ってきて、住所を手掛かりに片っ端から電話をかけた。

ほとんどは呼び出し音は聞こえるが応答がなく、たまに出て来ても

「うちもガスがまだ来ないから」や「地震で風呂釜壊れたから、ごめんね~」だった。


当たり前だよね。無くて当たり前~、あったらラッキーと思いながら

他の電話を受けながら電話帳をかけ続けた。

気がつくと、周りのオペレーター達も「あったら、友達に教えてあげたい」

「次のお客様には、すぐに教えてあげたい」と皆タウンページ片手に

オペレーションを始めていた。


2日程経った朝、とうとう待ちに待った回答が、電話の向こうから聞こえた。


『今日の午後から一番ブロやりますよ~!うちも家が大変な事になってるけど、

こんな時だから、タダ無料~。みんなで入りに来てもらって~。』


お礼を言って、すぐにお客様に電話をした。


本当ですか!実は半分諦めてました、連絡もないし・・・・。

他の人の電話もあるのに、ありがとうございます!

僕はこれから、このカードの広告塔になりますから!


お客様の弾んだ声を聞いて、それまで、“すぐ隣の街で起きているのに

自分は何もしなくていいのか”とうつうつしていた迷いが消えた。


ボランティアで被災地に入るより、自分は休まずコールセンターで電話を取り続けることで役に立とう!と。



翌月のカード会報誌に、問合せを頂いたと思われるお客様からの手紙が紹介されていた。


メニューにないのに、銭湯を一生懸命探してくれたスタッフの皆さん、

本当にありがとうございました。

あれから、私はこのカードの宣伝マンとして沢山の知り合いに入会を勧めています。困った時のお役立ちカードだから、必ず車に乗せておけと。



良く出来た話だと思われそうですが、本当の話です。




仙台に出かけてから、阪神大震災の時の事を思い出した。

震災当日、
私の家は大阪市の南にあるため大きな被害はなかったが、NHKのニュースで夜が明けてから映し出された阪神高速の倒壊映像を見て、何が起こったのか、おぼろげに状況を理解した。

そこからまず始めたのは、社員間の連絡とオペレータースタッフの安否確認だ。

奇跡的に、電話回線はスムーズに繋がった。

取り敢えず、センターは休業との指示が出たが、センター内の電話設備がどうなっているか分からない。そこで、徒歩で向かえる社員が余震が続く中、ビル内に入り留守番電話が作動しているかチェックを行った。
当時、センターの人員は全員女性だったので、当然女性のSVが一人で、センターの中に入ってくれた。

センターに向かってくれたSVからは、5分おきに「揺れるんですけど、帰っていいですか~」と言う電話が入ったが、役員が到着するまで頑張って〓」と励まし続けた。

今から思うと、人の命を顧みない鬼のようなマネージャーであった(汗

クライアント企業にも1日休業の申し入れをしたが、関東方面の方からは「ホントにそんなに酷いの?1日休んだらいくらの損害になると思うの?」とお叱りを受けた。

後から「失礼な事を言って申し訳なかった」と謝罪をして下さったが、それ程、被害の報道が遅れていた。

一方、オペレーター達にもほぼ全員、電話でコンタクトでき(連絡がつかなかった1名はアパートが全壊したが、2階だった為奇跡的に助かっていた)、電話を通じて生きてくれている有り難さを感謝した。

昨年の東日本大震災ではチャットや電子伝言板が活用されたが、生の声を聞きたいと言う要望が多かっと聞き、とても納得した。

自身も旦那さんも神戸が実家のスタッフは、「まだどっちの実家とも電話が繋がらないですが、多分近くの避難場所に逃げてると思います」と健気に元気に話していた。

“声を聞いて、なんかホッとしました”

“今日は休んでいいから。気をつけてね”

“はい、ありがとうございます。お気をつけて”

お互いを励まし合い、妙に高いテンションで電話を終えたが、横で聞いていた旦那さんは、「今日は休んでいいって、当たり前やろが…」とつぶやいていたそうだ。

センターは翌日から、出勤できる人員だけで営業を再開した。

電車が止まっている為、1時間以上かけて自転車通勤する人も居たが、出勤可能なスタッフは、「来れない人の分、シフト入りますから」と追加シフトを申し出てくれた。

いつの時代も、コールセンターはこんなスタッフの好意と善意に支えられている。

翌日の研修は、農機具メーカーさんの東北エリア担当営業所で

「顧客対応の基礎」を実施。


電話対応の基礎からクレーム対応の基礎までを3時間で行う、

盛りだくさんメニューに「次回は是非1日でやって欲しいです」と

リクエストを頂きました。


やっぱ、そうですよね(*^▽^*)



研修の合間に、責任者の方からお聞きした震災時の状況は、

穏やかな口調とは裏腹に胸に迫るものがありました。


「津波は、この高速の橋桁で止まったんだよ。

自分たちも、大津波は男鹿半島より北のリアス式海岸でしか起きないって

子供の頃から聞いていたから、舐めてたんだね~」としみじみ言われた言葉が、

心に染みました。


空港に向かうタクシーの中から見た、空港周辺の防風林の松の樹が

ほとんどなくなり、残った松も枝や葉をもぎ取られたような形になって

弱々しく立つ景色に、改めて、この地で起こった災害の凄さを思い知らされました。



“今までのお客さんとは違う方が増えて来ている。

 今は理論的に納得しないと買って貰えない”


“自分たちが変わらないといけないんだね~”


そう、街の復興と共に、人と人とのコミュニケーションが

もっと重要になってくるはず!


相手の話に耳を傾け、最適な情報や思いを伝える、、、

このコミュニケーションの基本を多くの方に伝えたい!

と改めて強く思った、仙台の研修旅行でした。



今週・・・と言うか先週の週末から、研修の仕事で仙台に行ってました。


研修が朝9時開始の為、仕方なく(^^♪ 前乗りで仙台初上陸です!!


まずは、仙台駅で牛タン定食をゲット('-^*)/


3色のソースを付けて召し上がるタイプで想像よりスマート過ぎるけど、味は柔らかくてGood!でした。



TEL子の部屋


TEL子の部屋














夕方、ホテルにチャックインするまでに、市内を巡回している観光バス(ループバス)で少しだけミニ観光をする事にしました。


まずは、伊達政宗公の霊廟「瑞鳳殿」へ。

極彩色の装飾は、どこか中国のお寺を思い起こさせる豪華絢爛な様式です。



TEL子の部屋












TEL子の部屋




















杉の巨木がそびえる石造りの階段を歩くと、キリっとした気が

清々しくて、まさに “パワースポット”と言える場所でした。











パワーを貰って、次は“商売繁盛”と 大崎八幡宮へお参りに~。



TEL子の部屋















TEL子の部屋











この仙台から、また仕事の輪が広がりますようにとお願いし

御籤を引ひきました。


結果は『大吉』~~~

けれど、今から来年の事をよくよく考えてやり損なわぬよう十分の注意をしておきなさい と私への戒めもしっかり書かれていました トホホ(;^_^A


ここの御籤は、御籤と一緒に小さなお守りが入っていて

財布に入れておけるので、仙台を訪れた際には、是非お出かけを。







こんな風に、仙台パワーでたっぷり充電し、翌日の研修に臨んだのであります・・・。



コールセンターと呼ばれる職業を選んでから、はや20年・・(以上)


私の人生の大半を占める電話に関わるエピソードと日々感じた事を


思いつくままブログに綴ります。


気軽に読んでいただけると嬉しいです。