バブルの頃は、不動産は上がって当たり前。

都心の築20年のマンションが5000万で売れたので、
郊外の一戸建てを買ったなんて話があちこちで聞かれた。


マンションメーカーの受付センターでもチラシを入れる時点で完売物件が続出し、
「いつかけたら欲しい部屋を買えるわけ!」とお叱りを頂く事も少なくなかった。

人気の高い部屋は抽選で、手付金10万を事前説明会の会場で払って
初めて抽選できるなんて事も普通だった。


関西だと京都市内は建物の高さ制限や美観条例などから物件数が少なく
億ションも珍しくなかった。 『京都市内でマンションを探しています。
 お恥ずかしいんですが、予算が6000万しかないので、
 ファミリータイプは無理だと思うんですが…。
 何とか2LDKでないでしょうか。』 『京都市内で6000万ですか、、ちょっと厳しいですね。
 今ご案内できる物件ですと、2DKなら何とかございます。』 『2DKですか…。やっぱり1000万程度親に援助してもらえないか聞いてみます。』 『それができましたら、ご案内しやすいですね。
 では、お待ちしております。』 6000万なんて勿論私にはなかったが、電話では毎日当たり前のように
こんな対応をしていた。

今まら思えばうそのようだが、確かに普通のサラリーマンでも
こんな話が出来る時代があった。