人生最大のイベント、それは日直の仕事でした。



 その日の授業が終わり、俺のいるクラス、三年四組の教室では帰りのホームルームが行われていた。
 教卓の前で話してるのは俺たちの担任の先生、谷川先生だ。

 ちなみに谷川先生は女性の教師で、このみなも高校でも美人教師として有名である。担当科目は主に古典だ。
 話はガラリと変わるが、谷川先生はエロいのである。
 ーーと、この言い方だとかなり誤解が生まれてしまいそうなので訂正しよう。
 谷川先生のナニがエロいって容姿がエロいのだ! さらにピンポイントに絞るとすればあの胸! 俺のような健全な一男子高生からしてみればあの谷川先生のボディには目に余るものがある。

 はっきりいって目のやり場に困るレベルだ。まぁ、俺のように自分を戒めることの出来る人間ならまだしも、それができない人間はというとーー、

 教室の一番前に座ってるあかねのように鼻から荒い息をフンスフンスと鳴らしてしまう者がほとんどだ。教室内を見渡せば、大半が鳴らしている。もちろんほぼ男。
 ていうか、あかね。お前は女じゃなかったのか……? なんで男に交じって興奮してんだよッ。

 風の噂だと一つ前の高校で今と同じようなスーツ姿で踊りの授業に参加したことがあったらしい。その時、勢い余って胸のボタンがすべて飛び散ったという伝説を耳にしたことがある。

 内心この噂はどこかの誰かがでっち上げたデマだと俺は思っているけど、やっぱり本当かも……? とつい期待してしまうほど谷川先生の体はナイスなボディでエロチック! ……である。た、谷川先生! その谷に僕を突き落としてください!

 「えー、それじゃ今日のホームルームはこれで終わります。明日の日直はえっと……、うん。高宮君と竜ケ崎さんね。それじゃ黒板の清掃と机の運び入れお願いね」

 「え……」

 思わず間抜けな声が出てしまった。
 普段の日直の仕事は黒板の清掃と机の並び替え。この二つだが今日は運のいいことにこの後ワックス掛けが待っていた。

 教室内の机は各生徒が自分のを廊下に出すのだが問題はその後、ワックスが掛けられるまで生徒全員が待っておくことも出来ないため毎度次の日の日直がクラスメイト全員分の机を戻さなくてはならなかった。

 本来なら半年に一度あるかないかの日直限定の罰ゲームなである。つまり、要約すると明日日直である俺と竜ケ崎さんはしばらくの間二人っきりで学校に残っていないといけない訳だが……。

 はぁと溜息がこぼれ出る。

 「よ、真! ドンマイ!」

 ふいに背中が叩かれたと思ったら健が声を掛けてその勢いのまま消えるように教室から出ていった。
 ちなみに俺の名前は谷川先生が呼んだ通り、苗字は高宮で下の名前は真、高宮真だ。

 ……フッ、馬鹿目。

 話は戻るが神様の悪戯か、俺と竜ケ崎さんは今まで三年間同じクラスだったけど一緒に日直の仕事をするのは今日が初めてだ。今日まで一度として席さえ隣にならなかったほど。まさに竜ケ崎さんは俺にとって雲の上の存在だった。

 うーん。ここまで来るともはや竜ケ崎さんに避けられてる気さえするな……。

 でも三年目の今日、こうしてようやく念願の日がやって来たのだ!
 
 ーーしゃぁぁぁぁあああああああああッ!!!!!!!!

 ど、どど、どうしよう!? ヤバい手に汗が滲み出てくる! 手に汗握るとかいう中二病感たっぷりの台詞は漫画の中だけだと思ってたけど実際本当だったんだな。今になって分かった気がする。

 「ねえ高宮君、早く日直の仕事終わらせよ?」

 不意にアルプス山脈のふもとに流れる水のように透き通った声が俺の鼓膜を潤した。

 ……あぁ。 この声だよマイエンジェル! 俺の心が浄化されていく……!

 気付けば、三十人ほどいた生徒はみんないなくなっていた。それにいつの間にか机も全部廊下に出ている。あ、まだ俺のだけ残ってた。

 「高宮君、机重いなら一緒に運ぶけど……?」

 そう思っていると竜ケ崎さんが優しく声を掛けてきた。
 竜ケ崎さん。もしかして貴方は女神か何かですか?



  ◇◆◇



 黒板の清掃も終え、今は竜ケ崎さんと二人でクラスメイトの机を教室に入れていた。黒板の清掃に夢中になっていたせいか、ワックスがけもいつの間にか終わっていた。机の右端には名前が書かれた小さなシールが貼られており誰がどの机なのか一目瞭然なのだ。

 「竜ケ崎さん、やっぱり机を何個も運ぶのはきついね! あ、重たい机は俺が運ぶから置いたままでいいよ」

 「え、いいの? でも大丈夫……? この机結構重たいよ?」

 「平気平気!」

 竜ケ崎さんが運ぼうとしていた机に両手をかけ、腰をそらし、腕に力を込めた。
 
 ……だが持ち上がらない。

 な、なんでたかが机がこんなにも重いんだよ!
 あまりの重さに俺は両手で抱えていた机をいったん床に置き、誰だ!? と思いながら名前を見ると、

 ーー赤城あかね。と書かれていた。

 あ、あのヤロウ! 道理で朝あいつの鞄がやけに薄いと思ったわけだ。つまりこういうことだったのか。

 「あの、竜ケ崎さん……。さっき自分で持つとか言っておきながらだけど一緒に運んでくれないすか……?」

 「う、うん……いいよ」

 あかねのやつ覚えとけ!
 その後、俺と竜ケ崎さんはなんとか全ての机を教室内に入れた。
 一通り日直の仕事も終え、俺と竜ケ崎さんはひと段落した。
 そして俺は机を運んでいる最中、頭の中で何度もシミュレーションした言葉をさり気なく言い放った。

 「竜ケ崎さんってもう大学の進学先とか決めてるの?」

 うんうん、この会話の切り出しは上々だな。
 でも竜ケ崎さんはすぐには返事を返してくれなかった。

 「うん…………。一応はね」

 竜ケ崎さんは少しだけ俯き、小さな声でそう呟いた。