Suica、Pasmo、ICOCA、SUGOCAなど使って改札で「ピンポーン」の経験ある? ブログネタ:Suica、Pasmo、ICOCA、SUGOCAなど使って改札で「ピンポーン」の経験ある? 参加中

あります。
「ピンポーン」って鳴ったのは一度だけですが。
「もうすぐ電車が来る!」って急いで改札入る時にうまくタッチ出来てなかったみたいで、改札出るとき引っ掛ったんですよね。
その時使ってたのは、幸い定期のPasmoだったので、「そうですか。次から気をつけてくださいねぇ。」で済んだんですが、あの時持っていたのが無記名Pasmoだったらと思うと、ちょっとゾッとします。
切符落としたり失くしたりしたら、最悪の場合、普通料金の10倍とられるとか聞いたことあったので。
電車を利用するときは焦りは禁物ですね。駆け込み乗車も危ないですが、そういうこともありますから。

さて、「ピンポーン」って鳴ったのはと冒頭で書きましたが、実は「ピンポーン」と鳴るよりも、もっとヤバい事をやらかしたことがあるんです。
なんとPasmoを自動改札の切符入れるとこに入れて詰まらせちゃったことがあるんです。
その時は駅員さんが驚かれていました。駅員さん、その節は本当にすみませんでした。
何ということもなくすぐに取り出せてもらえましたが、本当に恥ずかしかったです。ラッシュ時ではなかったので、他の方に多大な迷惑をおかけすることがなかったのは良かったんですけどね。
後日、その話を友人にしたところ、「「いつか誰か(Pasmoを自動改札に詰まらせるのを)絶対やる」って思ってたら、お前がやらかしたかぁ」と相当笑われたのはいい思い出です。チクショー
それからPasmoをチャージしようとして券売機に詰まらせたこともあります。
Pasmoのような非接触型ICカード用のステッカーってあるでしょう?下のようなものです。
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それを引っ付けたまんま突っ込んでしまいましてね・・・。しかも二度ほど。一度目は京急羽田駅で、二度目は無人駅だったんですが、無人駅でやっちゃった日には「帰れなくなる?!」とか思ったことがありました。駅員さん、その節は誠にご迷惑おかけしてすみませんでした。
無人駅の時は、さすがにお叱りを受けましたね。都心のあたりでの駅では大丈夫でしたし、東京の郊外にあるような駅にある改札なんかでは大丈夫でしたので、完全に油断していました。
ステッカー使っていらっしゃる方がいましたら、注意なさってくださいね。


そういえば、ブログに貼るためにICカード用のステッカーを探してましたら、こんなものを見つけました。
ICカード 用 エラー防止カード フラックス パス 両面反応タイプ/fromwest
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貼るだけで、スキミング(カードの中の情報を抜き取ること)とエラーを同時に防ぐ優れものだそうです。
これがあれば、Pasmoのエラーのせいで改札でまごつくことがなくなるかもしれませんね。
好きな人のことを考えると苦しい?幸せ? ブログネタ:好きな人のことを考えると苦しい?幸せ? 参加中

どちらでもないです。今は。気にする暇すらないです。
だって忙しいから
こちとら人生掛かった大勝負が一週間後に控えてますからね。旦那様のことばっかり考えているわけにゃいかんのよ。そんな暇があったら、本読んで、文書いて、少しでも本番が上手くいくように努力するなぁ。


でも、一時期なんですけど、すごく苦しい時があったんです。
それは旦那様と会えるのが一カ月に一回くらいに切り替わった時期でした。オマケに、その月一回のデートもお家デートという、マンネリカップルの象徴みたいなお付き合いをし始めた時期だったんです。今も大して変わりませんが。
きっと、私は寂しかったんだと思います。胸にぽっかり穴が開いちゃった感じでした。
そんなメンタル的な落ち込みがひどい状態の時に限って、旦那様から全く連絡がなかったりとか、連絡があっても「おはよう」「お疲れ」「疲れたよ」の三つのうち一つがだけのメールだったりとかするんですよ。絵文字すらなく。
そんなわけで、
私って愛されてるの?私の努力が足りないの?旦那様にとっては私ってその程度の存在なの?
なーんて重々しいことを悶々と一人で抱えてたことがしょっちゅうでした。それこそ部屋の隅っこにキノコが生えだしてきそうなレベルで

この苦しさを発散するために、私はケータイ小説を読むようになりました。
ケータイ小説って単純で感情移入しやすかったし。旦那様からメールが来ても、すぐに返せるという理由もありましたけど。本当に暇つぶし程度でした。
でも待てど暮らせど、旦那様からのメールが増えることなんてありませんでした。今考えればそれは当然ですが。
オマケに、私はケータイ小説に飽きてきたんです。ケータイ小説ってみんな似たような話ばっかりでしょう?ハーレクインみたいな感じ。ついでに言うと、ケータイ小説は文章もレベルが高いとは言えませんしねぇ。稀に目を見張るものもあるけれど。
そういうわけで、今度は文庫本に手を出したんです。
そこでたまたま手に取ったのが、山本文緒さんの『恋愛中毒』でした。
題名からわかるとおり、重たい女の話です。重たい女は、一生その恋を引き摺って生きていく、不器用な恋愛表現と歪んだ愛情の檻に囚われたまま、生きていく。カンタンに言うと、そういう話でした。

ここで私はやっと気が付きました。自分が相手に依存してただけだったということに。
相手に期待しすぎないこと、自分が忙しくなるように趣味を持つこと、これで何とかなるかもしれないとようやく気が付いたんです。その時に。
それから、寂しくなると別のことを考えるようになり、だんだんと旦那様に依存することは無くなっていきました。
たまに期待し過ぎてしまうこともあると思いますが、さすがにキノコが生えそうなほど落ち込むことはほとんどなくなりました。
今では、良かったんだか悪かったんだか、最初に書いた通りです。

タイトルの和歌ですが
「夏の虫が火に飛んで入ってくるのは、ある思いがあるからでしょうね。私のように。」
という意味です。
「ひとつ思い」に依りすぎると、「身をいたづらに」してしまうんだなという教訓もかねて、私はこの歌を心に刻んでいます。
第5章 重要なのは動機

カントの道徳論から、カントの言う正義とは何かについて考察されています。

カントの言う道徳とは、定言命法、つまり自分の定めたルールに従ってただ他者のために行動することです。
この際、最も重視されるのは「動機」です。いくら他者のために行動したとしても、その動機が利己的であれば、道徳的とは言えません。それは結果として他人のためになっただけであるし、他人を自分の欲のために手段として利用したと言えるからです。
カントの言う「自分の定めたルール」というのはここに係ります。自分が欲望に基づいて定めたルールというのは実は自分が定めたのではなく欲望に従って定めただけであり、それは「自分の定めたルール」ではないというのです。カントは欲望や社会的な因習によって定められたルールを乗り越えて、自分で定めたルールに従ってこそ、人間は自由になると説いたのです。
ここで、カントの道徳の根幹にあるものは「人間は理性的な面を持つからこそ、尊重されるべきである」という理念です。つまり、「理性」を発揮できるからこそ、人には尊厳があるわけです。理性とは経歴や環境に左右されることのない普遍的なものです。これに拠ることで、人は自由でかつ道徳的な行動をとることが出来るのです。
つまり、人間の尊重はカントにとって絶対です。動機以前に「人間が尊重される」ということが絶対なのです。
では、自分がある人間を尊重することで、他の人間をないがしろにしてしまう時はどうするか。
その答えはとても微妙なものです。「他の人間」がないがしろにならないように、「ある人間」を尊重できるように立ち回るのだそうです。たとえば、相手に必要な情報を与えないことで勘違いするように仕向けたりすることがその例です。
さて、それではカントはどのような政治論を残したのか。カントは功利主義を退け、社会契約に基づく正義論を支持したそうです。功利主義の排除は今までの論を見ていればおのずと納得できますが、カントの言う「社会契約」は一般的なものとは違います。
「社会契約」とは実証が定かでなく普遍的でもないので仮想上の物であるが、「理性の概念」によって公正な憲法が生じうるそうです。
しかし、カント自身は「理性の概念」や「仮想上の契約」がどのようなものなのか、明らかにしていません。


カントの哲学は高校時代に一通り学びましたけど、サッパリでした。
「目的の王国」だとか、「純粋理性批判」とか、本当に意味不明すぎてサッパリでした。今から考えると、理論が斬新すぎてついていけなかったんだと思います。欲望を自分の外からやってくる衝動と捉えるとか。発想が宗教的な感じがして、理解できなかったんだなぁと。
ヘーゲルやニーチェは好きでしたが、カントに関しては丸暗記でゴリ押ししました。大っ嫌いだったから。
ただ、今回改めて真面目に読んで考えてみたら、ちょっとはわかったような気がします。少なくとも現役の高校生だった頃よりは。
それで、ちょっと思ったんですけど、アイザック・アシモフってカントを尊敬してたところがあったんじゃないでしょうか。映画化されたものしか知りませんが、『我はロボット』って何だかカントの言う「定言命法」に着想を得たのではないかとふと思ったんです
SFは『ニューロマンサー』でこっぴどい目にあってから倦厭していたんですが、『我はロボット』を読んでみようかなぁという気持ちになりました。