ブログネタ:自分のことなんて呼ぶ?
参加中今は、きちんとしなきゃいけない時には「私(わたし、わたくし)」、親しい仲の友人になると「ウチ」か「あたし」になります。
昔は、自分のことを「ワシ」「俺」「僕」と言っていた時期もありました。正直、それは黒歴史ですねぇ。その当時は、憧れた漫画に合わせて、一人称がコロコロ変わってましたもので。当時何にハマっていたのかはご想像にお任せしますが、今から考えれば、とっても中二病だったと思います。
ちなみに、一人称に自分の固有名詞を使ったことは一度もないです。私はいつでも勇ましい女性というか、カッコいい人に憧れていたものですから。一人称が自分の名前って、か弱い女の子というイメージがしてちょっと嫌だったのです。
そういえば、私はよく人の話言葉が移ってしまうんですよね。でも、小学校時代に一番仲の良かった子が一人称を自分の愛称にしてたのには、影響されませんでした。かといって、別に変だとも思いませんでしたけど。
それにしても、日本語って豊富に単数一人称がありますよね。英語だと「I」で事足りるのに。フランス語もスペイン語も一つなのに。
もしかすると日本語に自分を表す言葉が多い理由は敬語と関係があるのではないか、と私は思います。
日本語って、敬語がとても複雑ですよね。末尾につける言葉から、接頭語、単語なんかも敬意の度合いによって使い分けますからね。
文部科学省の発表によると、敬語というのは大きく5種類に分けられるのだとか。しかし、大まかに分類してコレですからね。すごく複雑ですよねぇ。ボケーっとしていると、マスターするには時間がかかりそうです。
閑話休題。そもそも敬語というのは「コミュニティの中で自分がどの部分に属しているのか」「自分の立場はどこなのか」ということがちゃんとわかってないと使えません。敬語とは、上下関係の元に成り立つ言葉遣いだからです。
そういう意味では、一人称もそれに近いのではないかと思います。自分を表す一人称は「自分がなりたい立場」や「自分がどういう立場にあると考えているか」ということを表すと思うんです。
コミュニティの中で絶えず、自分がとの立場にあるかということを日本人はずっと考えてきたわけです。だからこそ、日本語にはこうした複雑な敬語体系や、一人称名詞が生まれたのではないかなぁと思います。外から見える自分というものを、端的にわかりやすく表現するには一人称ってもってこいだと思いますし。
まぁ、ここまでウダウダかいてきましたが、あくまで全部、私の妄想ですので、あしからず。「どこかで聞いたことある話だからパクリだろう」とか「古典を穿り返してみれば、複雑な敬語体系がある割には一人称名詞が少ないから、言ってることが辻褄合ってないぞ」とかお叱りを受けるかもしれませんけどね。なんとなくそうなんじゃないかなぁと思っただけなのですよ。