愛犬の最後の日々を書いてます。

もし不快に感じる方や共感して悲しくなるから嫌だ(私も時々あります)

と思う方はご遠慮ください。

 

Yちゃん、腎臓病判明後、病院の先生からのお勧めで

腎臓病食に切り替えに挑戦しました。

これからの闘病生活に備えてなるべくYちゃんに負担が

かからないように考えた結果です。

後悔しました。

膵炎を起こしたことのあるYちゃん、消化器がもともと丈夫でないため

嘔吐、食欲不振に。

しかも、Yちゃんかなり前から腎臓病だったそうです。

最初から通っていた病院で、急にYちゃんを雑に扱われたり

他にも色々あったので不信感を抱き、知り合いの方に紹介して

頂いて現在の病院に通い始めました。

なので、検査結果から飼い主は腎臓病の事を

知っていると先生思い込んでいたらしいです。

今までの薬の量を思えば、転院して正解でした。

以前の病院で頂いてたお薬の半分位の処方で最初は不安だったの

ですが、Yちゃんそれでアレルギー落ち着いたので。

転院しなかったら、知らずにずっと多量のお薬投与し続けて

たと思うとぞっとします。

 

 

ここで一気に3.2Kgから2.8Kgへ。

なんとか体重を増やしたいけど、アレルギーもちで偏食のYちゃん。

先生に相談したら、手作り食は栄養的に意味がないため

強制給餌のみに切り替えたほうがよいと言われました。

 

この時点で食欲不振の為、手作りご飯も受け付けなかったので

強制給餌へ移行しました。

飲み込んでくれるので、これから良くなると信じてました。

年を重ねて、おむつになってもお世話できると信じて。

 

しかし、お水をよく飲むようになり、体重も増えないので

心配になり、すぐ動物病院へ。

もしかしたら、腎臓の数値があがってるかもしれないので

血液検査をしました。

結果、糖尿病発症。

しかもかなり重症のため、即入院でした。

 

 

入院中は毎日通いました。

Yちゃんに会いたいのもあるのですが、

退院後にインシュリンの注射を毎日朝晩飼い主が行うため

練習させて頂きました。

お尻のお肉をつまんで、三角形をつくり、Yちゃんの体幹(頭からお尻)と

平行になるように皮下注射します。

Yちゃんに打つときは、緊張してちゃんと出来るのですが

後始末の針をキャップに戻すときに自分の手に刺してしまい

先生を驚かせてしまいました。

本当は写真を撮る余裕などなかったのですが、

母が会いに行けなかった時に、どうしても

Yちゃんのお顔が見たいからと写真を頼まれて撮ったものです。

 

約1週間後に退院できました。

 

ずっとトリミングも出来ずにいたので、

先生にホットタオルで拭いてあげると良いとアドバイスして頂きました。

 

 

拭いてあげた後、気持ちよかったみたいで笑顔です。

もっと早くホットタオルしてあげれば良かった。

 

退院後、やはりお家が恋しかったのか、

お気に入りのタオルケットを両手で抱きしめています。

 

 

退院後、よろよろと足が覚束なく

段差にもつまづいてしまうので、よく足をみたら

前足が腫れてました。

多分、エリザベスカラーと強制給餌のせいで

足に傷がつきばい菌が入ったのかも。

でも、この時は足が折れてるのかと心配していました。

 

すぐ、また病院へ。

やはり、化膿してました。

膿を絞り出し、抗生物質を貰い帰宅しました。

 

1週間後に、糖尿病の検査。

1日がかりでの検査です。

午前中に連れて行って、夕方19時頃にお迎え。

この時点で、体重2.6Kg。不安がよぎりました。

余り数値が下がらないのでインシュリンを増やしました。

翌日、少し嘔吐。

様子をみようと家族で話し合い。

便は異常なしでした。

 

私は、仕事であまりかまってあげられませんでした。

まだこれから、Yちゃんの医療費も増える覚悟だったので。

すごく後悔。。。。。

お昼食べてくれたので少し安心していたのですが、

自分からトイレに行って多量の普通の便をしました。

その後、母に甘え抱っこの催促。

母が抱っこしてあげてました。

15時位になり、水が飲みたいのに飲めない

みたいなのに、気づき慌てて病院へ行く支度。

 

遅すぎました。

崩れるようにして、意識がなくなりました。

お兄ちゃんが慌てて心臓マッサージ。

家族の鳴き声で、戻ってこようとしてくれました。

前回、心臓発作を起こしたとき、お目目開けてと

何度も言ってしまってたので、目に力を入れて

開いたまま、舌を引き攣らせて戻ってこようとするのを見て

心臓発作の時のようには戻ってこれないと察してしまいました。

お兄ちゃんに、可哀そうだからもう・・・・・と

Yちゃん頑張ったねと声をかけると

最後の最後まで家族の声を聴こうと耳を動かしていました。

 

子供を持てなかった私にとってYちゃんは

我子同然でした。

暫く、放心状態でしたが、冷静なお兄ちゃんに

喪に伏してあげないとと。

 

 

家族でお別れするため、翌日の夜に火葬。

いつも通り一緒に寝て、翌日はマットの上に

タオルを敷いて、保冷材でYちゃんの体を保護しました。

Yちゃんの頭の?届くところに私の手があると

すっぽり頭を手に平に入れてきて、いい子いい子を

おねだりしてたYちゃん。

離れずずっと側で、いい子だったね、頑張ったねを

ずっと繰り返していました。

 

一日以上かけてお別れしたのに、

Yちゃんの存在が感じられないと、涙が止まらない。

Yちゃんは家族が怒ったり悲しんだりするのが、凄く

嫌いで、そのせいで体調崩すこともあったね。

だから、いつも私が喧嘩の仲裁かなだめ役を

かってでてました。

ごめんね、情けない飼い主で。

頭ではわかってるのに、感情がついていかないの。

言葉には出さないようにしてるけど、

心の中では繰り返し思ってしまう。

帰ってきて

会いたい

でも、いつも一緒にいるんだよね。