2002年九寨溝・黄龍の記憶(その7 茂県・叠渓海子) | 中国 シルクロードの食卓から ~シシカバブで一杯♪

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中国のあれこれ、カオスなシルクロードの思い出などを綴ります
→諸事情により中国ネタが尽きました。上海ディズニーランドオープンをきっかけにはまったDisneyのことも綴ります。

※本日トイレの描写があります。お食事中の方はご注意ください。


こんにちは。

九寨溝への道のりを先日から書き始めていますが、ちょうど今書いている茂県で昨日大きな土砂崩れが発生したとニュースになっています。
羌(チャン)族が多く暮らす地域、彼らの住居は山の斜面に建てられたものが多く、被害が更に大きくなったものと思います。行方不明の人がかなりいるとのことですが、無事に助かって欲しいです。

2002年茂県の街並み。
ホテルがある市街地から1時間ほど進んだ場所です。


当時旅行中に現地でもらった交通地図。
今通っている場所は成都から時計回りのルート。茂県周辺の道路も決して良い道ではありませんが、反対側の南坪~平武の道は更に悪路だったりします。

この先、川主寺に着くまでトイレが無いと言われたので道路脇にあった有料トイレを利用(当時5角)。
今写真を見返してみると、大きな岩がゴロゴロ点在する山の斜面が迫っていることに気付く…。こんな厳しい場所に家屋や売店が築かれる環境、中国の地方都市の現実です。

このトイレ、私がこれまで使ったトイレの中でBest3に入る凄まじいトイレ。
群がる数々の虫…そして飛び交う虻蜂。扉が無いとかそんなことはどうでも良くなるレベル(隣との仕切りはあったが無意味な存在)。

中国は地震が少ないと思っている人も多いでしょうが、茂県の周辺は四川大地震以前にも過去大きな震災に見舞われています。
1933年8月に発生したM7.5の叠渓大地震と、チャン族の文化を紹介する博物館がありました(入場料当時30元)。


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当時21あったチャン族の村は地震によって山に飲み込まれ、数万人の死者が出たとされています。
そして地震によってできたのが叠渓海子と言われる湖。

博物館の前に広がっていたその湖の下には、地震によって消えた村が沈んでいるとも。
手前に見えるのは「碉楼」

集落に設けられた防御・見張り用の塔。どれぐらいの歴史があるのかは残念ながら分からない。
博物館の中にはこうしたチャン族の生活様式、有名な刺繍にまつわる展示もあったはずですがちゃんとメモを残していなかったのが悔やまれる。

博物館の前には花で飾りつけされたヤクがいて、お決まりの景勝地で有料記念撮影商売が行われていました。
あまりのひと気の無さに気の毒になり、ヤクに乗って写真撮影(10元)。その後、黄龍手前の街・川主寺に向けて出発したのでした。


※今回発生した土砂崩れはネットニュースによれば叠渓海子周辺で発生したそうです。
地震の影響で地盤が緩んでいたとの情報もあり、住民を村ごと移転されるべきだとの意見もあったようですが、独自の生活習慣を持ち先祖代々受け継いできた土地から離れることを良しとしなかった人、助けを借りることが出来ず他に行く当ても無かった人と、様々な事情がそこにはあったものと想像します。

成都から陸路で九寨溝・黄龍に行く場合、茂県は必ず通過点となりますが、山を切り開いているのですから迂回路が幾つもある訳ではありません。トラックの通行が多い地域でもあり茂県だけでなく、映秀周辺なども元々大雨の度に道路が駄目になり、例年夏のシーズン前には度々通行止めも発生していると聞いています。
行かれる方は最新の道路状況を確認されることをお勧めします。