私は、日本史学、特に江戸時代(近世)を専門に研究している。
この時代は、比較的史料に恵まれていると言える(それ故に悩む事も多いが)。
その成果物に、自治体が編纂・発行する、自治体史がある。
『○○県史』、『△△市史』の類いである。
これは自治体の成立背景を扱うべく成立したものであるが、古代から近代・現代までの史料及び通史叙述をまとめていることが多い。
つまり、その地域の歴史を扱うには、まず見るべき刊行物といえよう。
これには資(史)料編が付属することが多く、研究者・学生にとっては史料探しの足がかりとなることが多い。
近年ではこの内容がかなり充実し、数多くの史料が掲載されている。
中世編以前では、対象地域の史料はほぼ網羅しているといっても過言ではない(無論、未掲載のものもあるが)。
しかし、ここで厄介な事態が起こる。
自治体史の史料のみを取り上げて研究する人間が現れることである。
ちなみに、私も自治体史はよく活用するので、使用自体を批判しているわけではない。
要は使い方の問題である。
自治体史は、他の著作物・論文と同様、一つの「筋書き」がある。
そのため、掲載されている史料は、編纂時に確認した数多の史料から「選別」して掲載している、いわば「選りすぐり」である。
したがって、史料に表われる事象の背景事情を物語る史料は掲載されていないことが多い(そこまで深く考察していない)。
そもそも史料に記された事象・事件が発生する、時代・地域の状況や、史料が集積されてきた家・組織の情報・事情などは、省略されていることが多い。
これは、思うに、史料が集積された家の事情を、各自治体が「個人情報」と捉えていることがあるのではないかと推測している。
いずれにしても、上記の理由から、史料にかかる成立背景、バイアス、地域構造などの要素を汲み取るには、自治体史のみを用いるのではあまりにも心許ないのである。
そのため、多くの研究者は、自治体史で足がかりをつけ、そこから史料群を探し、その群に含まれ自治体史に掲載されなかった史料にも目を通している。
私もそのようにしている。
実際、そこから分かり、立論できることも少なからず存在する。
一方で、自治体史のみを使い、とにかく多くの事例を収集して立論を試みる人もいる。
しかしその内容は、背景が全く分からず、読者がおいてきぼりにされることが多い。
例えば、江戸時代の村同士の争論史料を取り上げて立論する際、そもそもなぜ村同士は揉めているのか、その背景にはどのような事情があるのか、争論以前・以後では状況は変化するのか、そもそも村は農業主体なのか否か、といったあらゆる疑問が発生する。
それらを汲み取り、考えることでも論点は抽出できるし、深い考察も可能である。
しかし、自治体史には争論の結果(内済証文、今で言う和解文書)しか掲載されていないことが多い。
これだけを持ち出されても、読者の疑問・反証は増えるばかりであり、とても説得力はない。
その点を説得できていないにも拘わらず、よりマクロな視点を提示されても、基礎が不安定で到底納得できるはずはない。
自治体史は非常に便利であり、活用すれば非常に助けとなるツールである。
たしかに地域の歴史を知る上では、まず参照すべきものであり、そこから論点も出てくることはある。
ただし、それにばかり頼り切りでは、展望はない。
まして、その内容を批判的に捉えず、背景も理解せず、「つまみ食い」して立論するのは、暴論と言わざるを得ない。