自己紹介
続きです
10月31日(金)③
15時くらいに再び葬儀屋さんが来て打ち合わせを行った。
それについては姉が中心になってくれていたので、私は自分が担当したターンのところだけ顔を出すスタイルで参加した(は?)
会葬礼状で父が亡くなったことを
「虹の橋を渡る」
と表現したのだがそれは、
「ペットに用いる表記でして・・・」
ということで無難に 旅立って に訂正された。
葬儀の時のピアノの生演奏については、結婚式の如く最初から最後までびっしり曲を詰め込んでいたけれど、使えるのは2曲だけということで、寝ずに考えた選曲のほとんどを捨てることになった。
葬儀に関して私が関わったのは主にこの2点だったので、自分のターンが終わったらその場を姉に任せ再び買い出しに出た。
買い出しから戻ると葬儀屋さんもお義兄さんもいなくなっていて、二人と入れ違うかの如く再び弔問客が訪れ出した。
午前中は一気に押し寄せる感じだったけれど、夕方から夜にかけてはずっと人が途切れずにいた為に終わりが見えずにいたが、姉は一切疲れたそぶりを見せることなく多くの人に対応していた。
姉が話やすい空気を作ってくれた為、弔問客の皆様も話やすそうだった。
私が守りなら姉は攻めのコミュニケーションを取るタイプで、そんな姉のことを母は昔から頼もしく思っていたような気がする。
私も姉を頼もしく思うとともに、姉の存在感に圧倒されて、勝手に自信を失っていたことを久しぶりに思い出した。
弔問客の皆様は、父に関するいろんな話を私たちにしてくれた。
当たり前だけど皆、家族に対してとても良い風に父のことを話してくれる。
弔問客の話を聞きながら私が知る「父」という人間は、多面的な父の「1面」に過ぎないのだろうと思った。
でもその1面を父のすべてだと思ってしまう。
いろんな人から「父」の話を聞いた結果、おそらく父はいい人なのだろうと思った。
私も自分の父が近所のおじさんだったら、いいおじちゃんだなっていう印象を持ったと思う。
父という人間が「私の父」がゆえに葛藤の多い人生になってしまったわけだけど、それでも故人の尊厳は傷付けてはならないと思うので、これからは父の魂と関わっていこうと思った。
人間の父とのお別れと共に、魂となった父との新たな繋がりのはじまりなのだ。
その方が繋がれる気がしたし、
その方が理解し合える気がした。
みんなが帰った後に家で簡単に食事を済ませ、姉も帰り支度を始めていた。
姉は充実した仕事ぶりですっかり自信を取り戻した様子で、
「私はまだこの件(親戚泊まる案件)に関して納得していない」
と、強気で文句を言いながら親戚が泊まった時用のコーヒーやお茶をきれいに台の上に並べていた。
でも私はぶつぶつ言われていることよりも、姉がすごくきれいにお菓子を並べてくれていることに感動して
「いや、マジで才能あるよ!」(なんの?)
と言って姉の調子をさらに上げていた。
そして、居間の一角にできた簡易的なドリンク&お菓子コーナーを見て、なぜか懐かしさを感じていた。
これはアナンダのイベントの時の準備だ!
どおりで・・・。
何が?(笑)
味噌汁はなかったけどね![]()
続きます


