| 依頼された挨拶にて考えたこと。 | 2007年02月04日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 今日、とある会合にて挨拶をすることになりました。 大勢の人の前に立っての挨拶。 こういう機会は仕事柄よくあることなのですが、普段一緒に働いている人達の前とは違ってやはり緊張するもの。 この体験から考えたことがあります。 まず、反応がなければすごく不安になる。 人が会話をする時、相手に反応を求めます。 そして、反応が全くなければ相手から拒絶されているように感じます。 しかし、挨拶や演説の場合、相手に反応を求めるのはかなり酷。 つまり、ほとんどの場合は反応がありません。 だから、挨拶している者にとっては、ほんとうに聞いてくれているのか、聞きづらくないのか、などいろいろな事柄を考えてしまうのです。 もう一つ考えたことは、人から依頼されたことはやりづらい。 自分の意思で行うことについては、最終的には自分で責任を負えばいいのですが、人から依頼され、自分の行為が人の評判に繋がる場合は、自分を殺さなければなりません。 つまり、依頼者の評価が高まるようにある程度演じなければなりません。 自由を重んじる私としては、大変やりづらい。 いろいろ考えてしまって、結局セリフを覚えてしまうことになる。 そして、あまり心のこもっていない内容になってしまう。 今回の挨拶の結果は、今一つ。 私自身の準備不足もありましたが、人を立てる難しさも感じました。 強いてよかった点を言えば、ゆっくり話すことにより比較的聞きやすかっただろうということです。 こういう能力はやはり経験なのでしょうか? |
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