中央区八丁堀走るカイロプラクターのブログ
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ためになった話し

今日八丁堀のオフィスに数年ぶりの同級生が
来てくれました。最後に会ったのは5年くらい
前かもしれません。

その彼が体調を崩し、背中が痛んだ際に病院ではなく
私を思いだしてくれて、ネットから探し当ててくれて
連絡をくれたのでした。

すごく嬉しい出来ごとでした。

彼はある仕事のセンター長を務めています。
仕事がら体力を消耗しやすいわけですが、
今日の施術で背中の痛みはスッキリ回復し、
肩の動きの制限も改善されて喜んでくれました。

そんな彼が今日初めて八丁堀のオフィスへ来てくれた
わけなんですが、迷うことなく予定時間よりも速く
到着したことに私が驚くと、こんなことを教えて
くれたんです。

それは
『住所の番地は時計回り』だということ。

同じ3丁目のブロック界隈であれば、必ず時計回りで番地が
増えて行くというんです。この法則を知っているだけで、
どこかの建物を探す時にはすごく役立つと感じました。

場合によっては道を挟んで隣のブロックへ番地が移る
ケースもあるそうですが、広域な視野でみれば時計回りで
ブロック同時をぐるりと回ってカウントアップするそうです。

イレギュラーで面白いと思ったのが、大きな工場跡地などに
建てられた複数の戸建などは、なんと丁目と番地の住所が
すべて一緒になってしまうというんです。
違うのは表札に載っている世帯主の名前だけ。。

そうした場所では、お隣さんも、そのお隣さんも自分の家と
住所がまったく同じという現象が起こるそうです。

へーーーーーーーー。

道に迷いがちな皆さん、ぜひご参考にどうぞ^^

給水の仕方

今日は成人の日。

早朝から美容師さんや着付け師の皆さまは

大忙しですね汗


今日いらした方とジョギングについてお話をしていた

ところ、給水って飲みにくいという話になりました。


給水も実はコツが必要だったりします。

ポイントごとに立ち止まっては、せっかく良いリズムで

走ってきたのにもったいない。

タイムロスをなくすためにもなるべくなら走りながら

水分を補給したいものです。


私が現役時代にしていた給水方法で、お伝えできる

ものを以下の感じでお知らせします。


①コップを取るときは、人差し指と中指をコップの中に

 突っ込む。親指と挟んでコップをGet。


②飲み口を一文字につぶす。


③口に含む瞬間、口呼吸をとめて

 一口分だけ口の中に含む。


④すぐに呑みこまずに、鼻で呼吸をしながら

 少し走って落ち着く。


⑤呼吸のタイミングをみて「ゴクッ」と呑みこむ。


このやり方に慣れれば、水便補給の際に

むせかえるようなことはなくなります。


あせって口に含んだ瞬間に呑みこもうとするから

皆さんむせたりするんですね。


口に含むのと、呑みこむのを二つに分けて

行ってみてください。このときは必ず鼻呼吸で。


これで皆さんも給水の達人です( ̄▽+ ̄*)

私が走り続ける理由

一昨日の朝、ジョギングに出かけようと走り出すと

左の膝がズキズキ痛み出しました。

前日の練習からさらに痛みが強まっている様子。。


予定していたジョギングを取りやめて、急遽公園で

ストレッチをすることに。


芝の上にゴロンと寝ころんで青空を眺める。

こんな風にゆっくり空を見上げる事って少なくなったなー

なんて思ったりします。

子供のころはよく空を見上げて、形を変えながら動いていく

雲たちを何かに例えて遊んでいました。


急ぎ足で会社に向かう方たちを横目に、のんびりと

ストレッチをしながら空を眺めるのも割と贅沢な感じ。。


私がカイロプラクティックの世界に入ったのも、

現役時代の膝の故障でカイロにお世話になったのが

きっかけでした。


めったに故障をしない私が、20代後半になるにつれて

身体にガタが出始め、年に数回の故障をしだすように

なりました。こうなるとアスリートって自分の将来を真剣に

考えだすんですよね(笑)


調子がいい時はその道の延長上の夢や目標しか見えない。

そこに陰りが出始めるといろいろと葛藤がはじまって、

現実的な方向性を見つめるようになるんです。


私は小学4年生から夢だった「マラソン選手になる」という

想いが、規模は少々小さくなったものの、ラスベガス国際

マラソンへの招待選手として出場したことでひとつの達成感

に辿り着きました。


ちょうどその頃、脚への故障も増え始め、現役続行を選んだ

場合の自分の将来を現実的に考えだしました。


実業団で走り続けるということは、本当に大変なことです。

好きで続けていることとは言え、時間的な投資や体力の問題、

仕事の問題や家族の事。いろんな制約が必要になります。


チームに残って生涯スタッフとして仕事をしながら関わる

選択もありましたが、私は別の側面からランナーに関わり

続ける道を選びました。


それが私の膝を回復させてくれたカイロプラクティックの道でした。

チームと会社を去る時は、良いことばかりを言ってもらえたわけ

ではありませんでした。

当時はキャプテンで主力としてチームを支えていたこともあり、

私自身罪悪感も正直ありました。28歳という年齢での選択に、

まだ自分に残された可能性があるのではないかという未練も

なかったと言えば嘘になります。


ですが、一年以上考え抜いた結果の選択です。

それまでの恩義を忘れず、いつかチームに身体のケアで

恩返しするのことを目標に今の世界に飛び込みました。


あれから時間は流れ、いろんなことがありました。

ですが、今では慕ってくれるチームの後輩にもケアをさせて

いただいたり、現役時代のご縁で亜細亜大学陸上のケアを

させていただいたり、多くのランニング愛好家の方々のケアを

させていただくようになりました。


私自身、細々とではありますが、ランニングも続けています。

膝が痛い人の気持ちは、膝を痛めた人が一番良く理解できます。

走る人の苦しみや楽しみは、走る人が一番良く分かるんですね。


だから私は走り続けます。


カイロプラクティックでもっとたくさんの方々の夢や目標を

サポート出来るよう、これからも精進していきます。


八丁堀や皇居、飯能市やそれ以外でも頑張るランナーの

皆さんのために、今日も明日も全力でケアしていきます!

一緒に夢を叶えましょう!

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