7月20日の宮迫氏と亮氏の会見を、新/情報7daysを見て。
たけしのコメントの趣旨通りだと思う。
「猿回しの猿が、お客の金や食べ物を盗んだら、本来は猿回しが謝らなきゃいけない。」
亮も会見で、違う角度から吉本興業の間違いを指摘していた。
「吉本興業が会社をファミリーだというなら、会社は親で芸人は子供だ。子供が悪いことしたから謝りたいといっているのを、それを止めさせる親がどこにいる?」
もし、ある猿が満足に餌をもらえていなかったら、その猿は間違いなく、なんでも食えそうなものは食べる。
そして、猿が変なものを食べて病気になったり死んだりしてはいけないから、猿回しは、猿に食べていい餌といけない餌を教えたり、悪い餌を食えないように物理的に制限したりするに違いない。
吉本興業は、コンプライアンス実習という形で良し悪しの教えを芸人に与えた。しかしそれは、ごく最近のことだ。
そもそも芸人との間には明文化されていない口伝と忖度をベースにした情緒的なマナー/契約/ルール/文化しかない。
これでは、物理的に制限したことにはならない。お腹が空いた猿は、教えを守って食べてはいけない餌を我慢するはずがない。
だから、芸人はずっと闇営業とか直営業をせざるを得なかったはずだ。それは、情緒的契約では必要悪として必須とされる仕組みであり、未熟な芸人が芸を磨く機会であったり淘汰の仕組みであったかもしれない。そしてそれは、組織を強くする「ゆるさ」だったはずだ。直営業があったから、吉本興業は強くなった。強くなったから大きくもなった。
そして吉本興業が成長した時期は、企業が社会的正義を積極的に表現することが求められる時代でもあった。
バブル崩壊後、人々の鬱憤はたまる一方であり、それを忘れさせる芸人の芸への需要は高まり、吉本興業がさらに成長する要因になったはずだ。しかし、人々の鬱憤は他者への非寛容となり、企業の社会的正義や、コンプラインス、ガバナンスに対しても寛容を一切許さないものとなった。さらに人々は、インターネットをメディアとしたP to P (person to public)で意見を表明できる環境を得ることなり、同じような鬱憤を抱く他者と意見を隆盛させることが可能となった。マスメディアの世論形成力を削ぐものとなってきている。
吉本興業も、社会的正義を表現しなければならない時流を生き残る必要が生まれた。もちろん、芸人を使うテレビ局などの企業も、社会的正義を積極的に表現する必要に迫られて続けていることは言うまでもなく、結果として、芸人の芸を制限する流れも生まれてきた。面白い芸人が減ることとなり、一発芸芸人を多く消費しながら、一部の有名芸人に仕事を集中させるという流れができた。もちろん、全体としてマンネリ芸人が面白くない芸を強いられることとなり、人々は芸によって鬱憤を晴らせる機会が減り、他者/他社への非寛容をこじらせている。
暴対法によって「反社会勢力」という言葉が誕生したとき、成長した吉本興業は芸人の手配師という立場以上に、社会的正義を表現しなければならない大企業となっていた。ところが、吉本興業の力の源泉は、闇営業や直営業を内包した情緒的契約である。正規の営業においては、顧客を精査し正々堂々と反「反社会勢力」を表現できたが、必要悪部分につていは、おそらく思考停止したまま「静観」によって必要悪の存続を今でも温存している。吉本興業の力の源泉なのだから、何かできるわけがない。(反社会勢力と知らなかったという今回のケースに対して、どうするという対処方法も表現できていない。それを指摘するメディもない。)
ところが、闇営業や直営業に潜在するハザートは芸人個人の倫理感に押し付けることにより、そのリスクも芸人個人に被せることで、会社は無傷でいられることがわかる事件がおきた。それどころか、正義的な企業という印象が向上し企業価値が上がるという経験もしたに違いない。紳助の事件だ。
かくして吉本興業は、行政にも利用される立場となり、それゆえコンプライアンスやガバナンスをさらに徹底しないといけない組織となった。ますます、闇営業/直営業が持つハザードとリスクについて、思考することをおざなりにし、すべてを芸人に押し付けてきた。
(余談:旧来のニュースメディアは、吉本興業の矛盾と卑怯さを指摘できる知識と洞察力がなく、画一的で情緒的な情報を動かすだけだった。知識も洞察力もないから今頃になっても、公金が投下される企業である以上よりコンプライアンスを求める、という程度しか発言できていなかった。公金を投下するのを決定したのは行政や政府であり、それをチェックするのがメディアの仕事だ。また、月給250円で働く人間がいることを知っていて、メディアはその採用企業の労務環境について問題視しなかった。闇営業や直営業を幇助してきた存在ともいえる。もし万が一、口伝の芸能文化だから大事にするというのであれば、知らず知らずに反社会勢力に関わってしまう現実に対して、多角的な議論を提供するのが仕事だ。)
さて、餌は貰えないうえに、見えない帰属意識という首輪だけで縛られていたと気がついた時、猿はそこに止まるだろうか?
そして、考えることを放棄してきた猿回しは、今さらそれができるだろうか?
おそらく吉本興業は瓦解する。







