息子は夕食の時間になっても帰って来ませんでした。
アルバイトには夕食後に行っていましたから、私はすぐにおかしいと感じました。息子の部屋へ行ってみるといつも雑然としている部屋が片付いています。
あわてて引き出しを開けると衣類や下着がなくなっていました。

胸がどきどきしましたが、無理もないと思ったのも正直な気持ちです。
(6)を書いた後で思い出したのですが、前の晩に言った父親の言葉はちょっと違っていました。
以前1日だけ従業員みんなでストライキのようなことはしたけれど店長の女性従業員へのセクハラは止まなかったので、その日息子は抗議の意味で「辞めて来た」と言ったのでした。
怒った父親が言った言葉は「今すぐにでも行って謝って、もう一度使ってくださいと土下座して頼んで来い。そうでなければ学校で1番になれ!」

「ひどい!」と私も大声を出しました。そんなにしてまで息子を働かせたいのか!と食ってかかりました。子供の前での夫婦喧嘩はよくないと、いつも子どもたちが学校へ行っている間にだけしていた口論を思わずしてしまっていました。

ですから、無理もない、誰だって出て行きたくなる、と思ったのです。
でも置手紙も何もありません。うちはほとんど親戚がないので、とりあえず私の両親にだけ連絡し、翌日学校には欠席届を出しました。

それから1週間、彼の中学時代からの友達などに問い合わせましたが全く行方が分かりません。夫は何も言わず探そうともしませんでした。
すると毎日探し回っている私を見かねて当時大学生だった長女が教えてくれました。

そう言えば、息子が出て行った日の翌朝、見知らぬ男の声で長女に電話がかかって来ていました。私が出たのですが娘と「同じ大学の〇〇と申します」と名乗ったので全く気づきませんでしたが、それが息子だったのです。
どこかで知り合った茨城県でカフェをしている男性の所に泊まっているということでした。すぐに夫に知らせましたがあまり関心を示しません。

さっそくその方に電話をしてお礼を述べ、息子とも話をしました。
とにかく会って話をしよう、と言って息子と会いました。

「あなたが家を出て行った気持ちはよくわかる。だけど学校へだけは行ってほしい。卒業だけはしてほしい。こちらに戻ってくるならどこかにアパートを借りよう」そして初めて「離婚するから」と、思いながらも一度も口にしたことのなかった言葉を初めて口にしました。自分でもびっくりしました。
ずっとそうしたいと思っていたことに気づいたのです。

しかし息子の意志は固く、あんな無味乾燥な学校へは絶対戻らない。
家にも帰るつもりはないし学校はやめるから退学届けを出して欲しいの一点張りです。
それでも私は未練がましく先生に頼んでギリギリまで引き延ばしてもらいました。
期限が来て退学届けを出した日は一人で大泣きしました。一気に力が抜けてしまったからです。
相変わらず夫は全く関心を示しません。自分の希望通りになったとでも思っていたのでしょうか。