皆様へ☆彡

こんにちは!!

お元気でいらっしゃいますか。


実は実は

FBに先き出しになってしまいましたが、

朝霧裕公式ファンクラブ 有料版 ガチなマジなやつ。


を 作りたい・・・作りたい・・・


やる。


という思いが固まってきたので いよいよこちらにも書きます。


きっかけは半年前のこれ↓↓でした☆彡


第9回 彩の国 ゆめコンサートクラウドファンティング

https://motion-gallery.net/projects/sainokuniyumecon


彩の国 ゆめコンサートのためのクラウドファンティング。


わたしには こんなにたくさん 「私のやりたいこと」に対して

お金を出してくれる人がいるのか、、、 、、、と。


「自分」を自覚しました。(←この<感覚>、うまく言語化ができないのよ)


でもね このコンサートは 趣旨はチャリティーで 活動範囲は非営利

主催者はボランティア 私は当然、ノーギャラです。(私も主催者だから。)


だから、

「ゆめコンは、趣旨の第一番が社会貢献活動だからこそ みんなが出してくれているのかな?」

と そこのところを実は悩んでいました。


もちろん、そうだという方もいらっしゃるかもしれません。


けれど、

「ぼくは、(わたしは、)だっこさんががんがん前に出て

、障害のある身体も、介助さんとの生活も、

ぜんぶをひっくるめて、人として生きようとして生きていることを応援してる」


「だっこさんが自由に夢を叶える姿は、健常者の女性のことだって、自由にするよ!」


「えっ?!だっこちゃん、ゆめコンはノーギャラ?!(←だってこれは発起人がわたしだからね)

だっこさんは、もっとお金貰わなきゃだめだよ!」


など 


「だっこさんに、ガンガン世に出てほしい」


チャリティー・無償、だけじゃなくって

「だっこさんに、じゃんじゃん稼いでほしい」

という意見を、強くぶつけてくださった方々も、本当にたくさんいらっしゃいました。


今わたしが受けている生活保護制度や、障害基礎年金の制度だって

受けることが恥ずべきこと、悪いことではありません。

(むしろ、こんなに支えられて生きて、わたしはわたしの命が誇らしい。)


「だれがいつ困っても誰かが助ける」


「稼いでる人がじゃんじゃんまわす」


「稼げてない人もできる範囲でじゃんじゃんまわす(←自己犠牲じゃなくね!!!!)」


それで、公的制度が機能する。


社会の中に、医療や介護や、子育てや困窮に対する社会保障制度があることが

国が国として形を成していることの意味だと思う。


これが腑に落ちて居ないとき堕ちるのは、


「俺だって(わたしだって)、お金なくて貧乏で困ってるのガマンしているんだから

お前だってガマンしろよ!!」の

「相互ガマンの世界」。


わたし、定期的にこれを1年間くらい書いてきたけど、


「俺だってすきなこと、やりたいことガマンしてるんだから、

お前だってガマンしろよ!!」


「わたしだって大変な生活なんだから、

まして介助や生活保護が必要な人が

『幸せになる』なんて、全然面白くないし、許せないのよ!」


「仕事をしてお金を頂くことって、

苦労して苦労して苦労して

ちょっとくらいやなことあっても頭を下げて、

苦手な人ともお付き合いして、

それで、はじめて、いただけるものでしょ?

お給料は<ガマン料>じゃん?


なのに、「楽しく仕事してまーす!!」とか

自分のやりたいことなんだから自分のお金でやるべきなのに

クラウドファンティングで人さまからお金集めるのとかって、

ほんとズルいと思っちゃうし

ムカつくのよ」


、、、 、、、ここ。


ほんとに 

ほんとうに 自分に 自分のやりたいことを 認めないと


人は妬ましい

自分の孤立や困窮は

年単位で時間が進むほどひどくなる。


言わば「心の地獄ワールド」に、一生涯いることになる。


そこから、自分で決めた瞬間から本気の本気で決別する人と


年単位でカウンセラーにかかっても

どんなにお医者さんに通って

たっっっかい精神科の薬代やセミナー代の類を払っても


いつまでたっても

どうにもこうにも 心の地獄にいる人とは

いったい 何が違うのか?(※もちろん、先天的な脳の障害とかはあるよ?!

それ以外の、「なんとなく自分に自信が持てない」ような状態が続き続けることをさしてます。)


2014年6月に、

エッセイ4冊目「バリアフリーのその先へ!-車いすの3.11-」を書いたとき、

わたしが過去に、生活保護バッシングに家の中で遭って地獄を見たことや(※エッセイを読んでね)

大病や災害により、

困窮に陥ったとき、「鋏状格差(きょうじょうかくさ)」といって

鋏が上下にひらくように、再び陽の元に這い上がれる人と、

更なる深みに、下へ下へ下がって行ってしまう人とに分かれてしまう現実のことを書いた。


それから、約2年間ぐらいをかけて 


たとえば、わたしのように、

人生のいっとき うつに陥ろうが 

障害があろうが 生活保護を受けていようが

「でも、やりたいことやってるよ?」

という人と


障害→うつ(や、引きこもり)→困窮→更なる困窮、更なる孤立


に 砂に落ちるように落ち続けてしまう人とは


何が 一番 違うのか?

ずっと見ていた。


重度障害から一念発起でビジネスを起こして輝き続けている人

スタートは 生活保護の受給や、ワーキングプアの困窮層から、

一点突破で執筆界に突き抜けて飛び出した人。


資産ゼロどころか、借金500万とか1000万とかから

やりたい仕事での大ブレイクに振り切れた人もいる。


仕事だけじゃなく

同じような逆境から 幸せな結婚生活に今はいる人もいれば


何度 何度 何度 どうまわりが心配しても 

殴ったり蹴り飛ばしたりするような恋人や旦那さんと過ごしながら

「辛い、苦しい、わたしは不幸、でもあの人ってわたしがいないとダメな人だから」


、、、 、、、と 言い続けてついには誰からも心配されなくなる人もいる。

「あ、あの人は不幸が幸せっていうか、苦しい状態が幸せなんだろうね?」って言われて。

ずっと一生、「ガマンワールド」にいる人と、

それを糧にバネにして、

生き方の自由度が、突き抜ける人。


あまりにも まさに「ハサミが上下に開いてゆくように」違うので

純粋にほんとに知りたかったので


「だっこさんに、じゃんじゃん稼いでほしい」

「出演コンサートや企画講演のクラファンあったら、最大限、お金あげるよ」

とか 人にも言えて自分もじゃんじゃか楽しく仕事して稼いで

クラファンの共感する企画があれば、どんどん人に

ほんとにお金をあげまくっているような人は


何が一番違うのか?


ずっと 自分が この人素敵だ かっこいいと直観で思う人「だけ」を 

エッセイを書いたあとから数えて約2年。

特に変化が早く大きくなってきているのがこの11か月。今年から。


見ては内観


見ては内観


もうザッワザワザッワザワ

わっさわっさわっさわさ しながらしてきた。


ブログ読んだり 本を読んだり 会いに行ったり 

生き方、在り方が、素敵な人はコンサートで共演したり。


結果


自分が自分に許している自由度が高い人ほど さらに自由。

好きなことを好きにやる人ことを自分に許している人ほど さらにブレイク。


まあそりゃそうだ(・v・) という話しで身も蓋もないけど


とにもかくにも 出る人であればあるほど タブーがない。


自分が自分に、「やりたいことはなんだってやっちゃうこと」を、許してるから

人にも許せるんだね。


「クラウドファンティングずるい。」 って思う人は 自分もやりたいんだね?


「有料ファンクラブずるい!」とか「酷い!」って思う人は 

「わたしはお金ないのに!!」って思うでしょ??


でもこの一連の心の流れは、私が自分で踏んできた過程なの。


でも わたしもお金 あるかないかっていえば うーん あるのか? ないのか?(^▽^)


「あなたはいま最低限の生活です」と国に太鼓判を押されてる家計であるはずだけど


「なかったら 何にもできないのか?本当に?

何にもやっちゃいけないのか?本当に?」


って 疑問を持って


「お金なかったら お金集めればいいじゃない!」

「お金ある人から出してもらえばいいじゃない!」


と 「一人でできないことを100人以上でやって」、コンサートをして

その収益を、また住む街に寄付した。


稼いで まわす

稼いで まわす


チャリティーが目的のコンサートは「稼いで」とはまた違うけど


とにかく


自分自身の「存在給」(←BY 心屋仁之助さん)を自分自身に許している人が

「この人の発信していることや生き方に対して、お金を出したい」と思う人から

お金を集めて まわす 集めて まわす


これを「自分の存在自体」、

発想やアイデアや歌や絵やお話や踊りやブログでやっていく人が表現者だよね?


(、、、、って思うと、ほんと、ほんとに、だれでもなれるんだよね、ほんとうに。)


その手本となる在り方であり、ビジネスモデルを見せてくれる人達はすでに複数人いる。


わたしも 踏み出したくなった。


やっている人を わっさわっさわっさわっさしながら

こういうのっていいなあ わたしもやりたいな って 思いながら

「やりたいなあ」を自覚したのに

やらないで終わる自分は 選びたくなくなった。

(超ーーーーーーーー心が揺れ揺れだったけど。すごく勇気が要ることだと思ったから、

朝霧裕さんの中の人はけっこうビビリですから(^▽^))


だからね 作ったら 家計のことや生活保護で受けているお金のことがどう変わるのか?

(いきなり、廃止になる!とかはないと思うけど、

比喩で「命かけてます」とか言ったとしても 

「見切り発車すぎて、死ぬ。」っていうオチは選べないからね。)


行政の人に聞いたりして

「生きる上で命は失わない上で、できる。」となったら、作ります。


法律のこととかは、知らないことばっかりだから ゼロからのスタートだけど

動いたら速いと思う。(←カン。)


またこれは、できましたとか もう一息とか 書いていくので


続報をお待ちください。


では今日は、やるために、いろいろ調べたり、動きます!という、決意表明でした!!!


ではまたね!


あ!ものすっごいここに載せたい、

「薬になる毒まんが」の橘なな子さんのブログhttp://ameblo.jp/office75nanaco/

があったのが抜けちゃった!


なんで有料ファンクラブを開けたいのか?(わざわざここにブログがあるし

全公開FBページもひとつあるのに)


理由などなども。また書くね!!


朝霧裕エッセイ4冊目☆彡

自分を生きたい」すべての人に届きますように。

バリアフリーのその先へ!――車いすの3・11 (シリーズ ここで生きる)/岩波書店

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