朝霧 裕ブログ~生きるほうへ~

朝霧 裕ブログ~生きるほうへ~

本ブログは、障害を持つ一人の女性が、自分の「心を解放し、肯定し、自由に話し、行動をする」ことで何が起こるか、実験をするブログです。一緒にやってみようかな、という方のプラットホームになれば幸せです。

最新刊エッセイ「バリアフリーのその先へ!-車いすの3.11-」(岩波書店)好評発売中!

オフィシャルHP http://yuhasagiri.jimdo.com/

出演、取材のご依頼は、yuhasagiri@gmail.com  までお願いいたします☆


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みなさまへ★

 

おげんきでおすごしですか。

過日9月に行いましたふれあい福祉基金チャリティーコンサート

「彩の国ゆめコンサート」で、1曲入魂、コラボ曲「本当のうた」を熱唱してくださいました

<筋ジストロフィーと闘い歌う歌姫>小澤綾子ちゃんといっしょに

このたびはじめて、2マンコンサートを開催することになりました。

 

わたしたちは、お互いが、進行性の筋疾患を持ちながら歌う、車いすのシンガーソングライター。

 

 

障害の進行の中で、「今を生きること」への想い、また、

だれも ひとりも取りこぼさずに

どんな心に生れても

どんな心に生れても

自分らしく 心を開放して だれもが生きられる世の中の一助になりたいという思いをもって

音楽活動をしています。

 

わたしたちの歌に耳を傾けてくださるかたは、

車いすユーザー等の見える障害、発達障害や精神障害などの外見的には見えない障害、
その種別を問わず、

障害当事者のかた、そのご家族のかたも多いです。

 

身体的なことで学校でいじめられた体験があったり

人生の一時期、貧困の中にいたり、

「介助を使いたいけどどうしよう?」と困った思いをしたことがあったり

 

いろいろな困難を、

 

一歩ずつ、一歩ずつ、まわりの人の手や社会支援によって、
地に足をつけて乗り越えてきたような、多様な体験をもった、
当事者のかたがとても多いです。

 

障害の有無や、世代を問わず、同じように、「こんなことをやってみたい」とか

「こんな毎日を生きたい」とか 胸の中に小さな願いをもつひとり ひとりが

この場で出会えたり 友達づくりのきっかけになるような

場になればいいなと願ってやみません。

 

「1曲では歌いたらなかったねえ!」

「話したいこともまだまだあったね!」

「よし、やろう!」と決めてしまって、、、、あと1か月(。。。あと1か月ない!)

ドキドキですが

 

「このふたりが立つんだったらいくよ!!」という人に 足をお運びいただけたらうれしいです。

 

大きな企業スポンサー等のない自主企画なので、

「行けないけど応援でチケット買うよー!!」というご支援も ありがたいです。

 

【綾子とだっこの秋の夜長★夢コンサート】

日時 2018年11月17日(土)
開場 18:00 開演 18:30  終演20:30
料金 前売 3000円 当日3500円
介助者1名無料 小学生無料
会場はバリアフリー 車いすトイレあり

出演 小澤綾子(うたとおはなし) 
朝霧 裕(うたとおはなし) 
奥野裕介(サポートギター&コーラス)   
手話通訳あり
写真撮影 自由

場所 東京オペラシティ15階 ランドスケープ (初台駅直結徒歩3分)             

会場住所 〒163-1407東京都新宿区西新宿3丁目20番2号

チケット代金お振込先(以下にアクセスください)
peatix https://ayakodakpeko.peatix.com/

 

または
みずほ銀行・石神井支店(店番226)・普通口座 
口座番号1184209 
名義人:奥野 裕介(オクノ ユウスケ)

 

※お振込みを以ってご予約を完了致します。

お申込み多数の場合は、お申込み先着順で締め切りといたします。

なお、過去のライブで出演者および主催者への著しい度重なるクレーム等、

迷惑行為の見られたお客様については、

ご入場をお断りする場合がございます。

あらかじめご了承ください。

 

共鳴しあえる個人、ひとりずつの応援によって、わたしたちの活動は成り立っています。

すてきな人に会えますように。

 

ただ歌を聴くだけじゃなく、みなさまにとっても、だれかに会える日、何かをはじめる日、

すてきな秋の一日になりますように。

 

みなさまのお越しを、心よりお待ちしています。(・v・)

応援よろしくお願いいたします。

 

 

 

 


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皆様こんにちは!!

お元気でいらっしゃいますか。

わたしが以前このブログで
「個人カウンセリング(1対1個人セッション)のモニターさんを募集しています」
と 期間は一瞬だったけど
モニター募集をしたのをここを読んでくださったかた覚えてますか。


モニター募集からもすてきな出会いもあり
とっても素敵な体験でしたが

「自分の言葉がダイレクト直球で相手に影響してしまう」ことの
大きさに 肚が括れず・・・ ・・・。

なかなか自分にGO!!!が出せなかったの。

でも わたし話を聴くのがただ「好き」だしな

純粋に ライブにきてくれたり本を読んでくださって 
少なくとも 匿名の通りすがりさんよりは縁あった人が

「わたしずっと親や友達との関係性に悩み続けていて苦しいんです」とか

「本当はやりたいことがあるのに、言えないんです」とか

過去のわたしみたいな状況にあって
繰り返し 同じ場所で苦しんでいるのを 

少しでも

生きてるうちに
「本来、こうなりたい、ありたい」と思う
<本当の自分>に戻るお手伝いができたらいいなと思います。

なんかお手伝いが っていうのも 上から目線ぽいよね

趣味です 趣味!
これはわたしの ただの やりたいことで

「あなたのためにのためになんとかしてあげたい」なんて
そんなん思ってないの。

日常の中で
「なんとなく調子がでない」とか
理由なく気分が塞いでいるときも


なんらかのことで悩み苦しんでいて
また そのことを人に隠してがんばって生きているときも

だれでもが 本当は
「本当はどうしたい」
という 答えを 
胸の中に 絶対に 持ってる。

私は 自分の体験でそれを知っているから、


嵐が去って快晴の今日。

肚を括ってはじめます!

朝霧裕の、花まるカウンセリング\(・v・)/


私、すっと流れる、
「気持ちの流れ」と
カンでしか動かないから、

始めたい日に始めて
止めたい日にまた止めるね。

こんなきもち↓で はじめますね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『すべてのいのちに花まるを。

生きることに他者の承認はいらない』

これは、わたしが高校や大学へお話しの講演へ行くときに
タイトルとしていることばのひとつです。

わたしは、生まれつき、ウエルドニッヒ・ホフマン症という
筋肉の難病を持って生まれました。

全身の筋力が発育せず、
じょじょに弱くなる進行性の難病です。

今年できていたことが来年はできなくなる。

そのような思いを、繰り返していくことを 歩けるかたよりは
ハイスピードで強いられる身体を持って生きてきました。

だけど、幸い、この難病の当事者としてはとても長生きをすることができて

人生の時期によっては

「自分のまわりの障害のない仲間たちと<同じように>がんばろう!!!」と

がんばるのベクトルを「まわりの人と同じように」に合わせてしまい

「養護学校(特別支援学校)卒業が最終学歴では
人生に自信が持てない」と思って

大学を受けて落ちたり?

「だれだって就職をするんだから、当然、わたしもしなくちゃ!!」と思って

一般企業を40社くらい受けて落ちたり?

やっとこさ普通の会社に雇用されたら

体力がまったくついていけなくくせに

「がんばろう、まだがんばろう、がんばらなくちゃ、がんばれ自分、まだやれる!」と

精神論で乗り越えようとしているうちに

短期間で激烈に心身をぶっ壊して
まじで生死をさまよった挙句に九死に一生、「無理してがんばる」に強制終了がかかったり?

・・・ ・・・そこで 人生の第一の転換期がきて

「ならば、生活保護を受給しながら
やりたいことを本気でやる
という生き方、ありかたにもう切り替えて
歌やお話しや
執筆
【わたしがいることで社会が変わっていくような】
バリアフリーな街づくりや
アクションを
仕事と思って やっていこう」



走り出したら

今度は

「あの人って
生活保護とか障害年金とか

人様の税金で生かしてもらってるくせに

歌のライブやってますとか

健常者はほんとはやりたくない仕事だって
嫌な仕事だって
文句言わずに選ばずにやっているのに

生保もらって好きなことで生きられてますなんて

ムカつくのよね。」



その時期 当時(10年前くらい)

うちに通ってきていた介助スタッフの一部の人から
精神的な虐待に遭って(これはのちに警察に駆け込みました)

うつ病になり

人目が怖くて

外へ出るのも人に会うのも

生きるのも嫌になり

「自分責め」がどうにもこうにもやめられず

死ばかり考えて

精神科のお医者さんに約3年ほど通ったり。

何回かの、地獄としか表しようのない、
地獄の時期がありました。

だけど
その時期 その時期で

わたしはなにかに入信していると言える
ひとつの宗教を持っていないのだけど
(「日々の無事や、他者の平和を祈る心」は
宗教や人種の差異を越えて、
だれの心の中にでも、あるから)

<神様のお計らい>としかほんとうに言えないタイミングで
解決ができて

今、わたしは

ライブをやれば全国から人がきてくれるし

クラウドファンディングをやれば
本来お世話になるスタッフさんや出演者さんまで

「これを一緒にやりたいから!」

と 我先に の 勢いで お金をみんなが出してくれるし


たくさんの苦難の体験をしたわたしだからこそ

「だっこさんだから、会いにいく」

「だっこさんの企画だから、応援する」

そんな人たちと繋がる力が備わって

辛かった時期を掻い潜る前よりも


過去の体験はすべて

本になったり

お話し会のネタになったり

私以上にぶっとんだ体験を掻い潜っていた表現者や同志に出会わせてくれたり

自分が過去に

引け目にしてきた経験は

すべて

仕事上の<武器>であり<強味>になりました。


わたしに会いにきてくださる人は


身体障害や同じような難病の当事者のかたや、そのご家族のかた、
発達障害や、精神障害など、見えない障害の当事者のかたで、
「それまでの人生では、障害のことを隠してきた」かた、

人生の道半ばでがんや白血病などの大病をして
「家族には話せないのですが、不安なきもちや、話しをきいてほしい」と
メールを寄せてくださる人・・・

また、健常者であっても
「親やパートナーや友達、仕事の上司など、周囲との人間関係で悩んでいます」とか

「ほんとうは、やりたいことがあるのに、
相手にどう思われるかと考えて
顔色伺いをしてしまい
言い出せないんです」

とか

「シングルマザーで 子育てをしていて
生活保護を申請したいけど
なにを言われるか おそろしくて
区役所まで行けないんです」
とか


なんらかの困難や葛藤の中で

何度も繰り返しの
ガマンや否定
自分のきもちを抑えつけることが
常になってしまっていて

<本当の声>
<本当の願い>を

胸に抱えて

人に隠して

生きてきたようなかたが多いです。

その中で

人は 絶対に 悩みや不安を持っている時点で
『自分は本当はこうしたい』
という答えを
自分自身の中に持っています。

だれよりも辛かった自分に

花まるをあげよう。

もう

自分をむぎゅーーーーっとだしきめて

いいこいいこして

花まるをあげよう。


自分を救えるのは
自分。


でも その道の途中に誰かがいれば

話しながら

「あ。わたしの憧れること
したいことは、本当は、これだったんだ。」

と より 自分の本当の本音が 見えてくるはずです。

朝霧 裕のライブを聴いたり
ブログや本を読んでいたり
今日 今 はじめて ここを読んだり

なにかで わたしに見て 触れて

言わないけど ずっと好きでいてくれた人


「この人になら、話してもいいかな」と そっと思ってくれる人。

朝霧 裕に

何かを聴いてほしい人

わたし アドバイスしません(して。って言われたらするけど(・v・))

だから
「ただおしゃべりしたい」
「だれかと話すと、安心するから、話したい」
でもかまいません。

「理由はないけど
モヤモヤする」

「理由はないけど
調子が出ない」

というときも そのモヤッの中にこそ

「だったら、こうしてみたら?(・v・)」

と、だれかとおしゃべりしているあいだに

仕事になったり、人に出会ったり、ブロックを外すどころか、

身を立てるすべすらも、隠れているものです。

癖のように抑えつけてた
日常でガマンばかりしていた
自分の気持ちを大事にすることに罪悪感があった

そんなような

自分の本当の心
自分の本当の声を 
誰かに話すことで
解放したい!!と願う人がいたら

どうぞわたしを使ってください。

(生活保護についてとか、

24時間介助を受けての、介助さんたちとの一人暮らしの様子とか、


自主企画・開催のさまざまなコンサートを
特に2011年から7年ほど本気でやってきたので
バリアフリーコンサートのつくりかた など、

どんな相談でも、歓迎します。

 

特に障害のことや、経済的なことは、

「これを言ったらどう思われるかしら」とか

心配しないでお気軽にお話しください。

 

国家資格ではなく、民間資格ですが、カウンセラーのプロ資格も持っています。

守秘義務は厳守します(・v・))


☆個人セッション・花まるカウンセリング☆

場所
・お会いして対面(場所はさいたま市にて)
・LINE、facebook、Skypeのテレビ電話もしくは電話をつかってご自宅から
※対面は女性のみとします。

料金
朝霧裕オフィシャルファンクラブ<陽の下会>会員のかた
60分 3000円

一般のかた
60分 5000円

事前お振込み ご返金不可 ただし、予約お日にち振替可能 

10月予約可能日
時間はすべて午後1時から午後5時までのうちご希望の時間1時間
 

10月19日(金)
10月20日(土)
10月26日(金)
10月27日(土)

ご予約
お名前、ご住所、お電話番号、希望日・時間帯を
yuhasagiri☆gmail.com(☆を@に変えて)
までメールいただくか
facebookメッセンジャーより メールください。

あなたに会えるのを楽しみにしています☆


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みなさまこんにちは。

 

お元気でいらっしゃいますか。

 

このブログでもご紹介させていただいたり、

自主企画のトーク&ライブにスペシャルゲストできていただいたり

 

その生きざまを大尊敬する、

子宮委員長はるちゃんが引退する。(今後は本名でのご活動。本名、八木さやさんでのブログもあるよ。(・v・))

 

はるちゃんを知ったのは、まだ現役風俗嬢だった数年前。

 

ブログの質量、書くスピードも、とにかくすべてが半端じゃなかった。

 

7年前。

「わたし風俗で働いてます!」ってブログ書いている人はいなかったし、

 

「人の顔色伺いやめて、無理してがんばるをやめて、自分を大切にしていいんだよ。」

 

と、女性で、自分が実践をしながら、ここまでオンラインリアルタイムで発信しているなんて、右を見ても左を見ても

 

どこにもいなかった。子宮系女子も、自己開示も、そもそも、ことばが、なかったし。

 

当時から、

「わたしビジネスの大成功者です」

「わたし障害者のエリートです」

「わたしお金持ちです、ノウハウを教えます、続きは高額セミナーで」

みたいなブログはあったけど

 

そのほとんどは「自分がいかに稼ぐか」で 終わってて

ノウハウでも、お金でも、出会えた人でも、自分にご縁か来て得たものを、

<さらに、世の中に循環させること>を ここまで書いて ここまでやっている人を他に知らなかった。

 

「もっと障害に甘えなはれ❤」

「介助でも、生活保護制度でも、社会制度はどんどん使えばいいんだよ」

はるちゃんがエッセイやブログに公言してくれた

社会的・身体的に弱い立場の人の背を一歩、押し付けではなく、前へ押し出すたくさんのことば。

 

わたしも制度のことなんかは、自分のエッセイにも書いてはいたけど

「『生活保護制度は困ったら使っていいんだよ』

なんて、健常者のわたしたちは辛くても働いてるのに、ムカつくのよね」

 

と 書いては叩かれ 書いては叩かれ 何度も、批判者に負けそうになった。

 

でも、この生きる同じ時代にはるちゃんがいてくれて

 

どんな障害や病気をもつ人も、自分の意志だけで選びようのなかった

どんな生い立ちや環境を生きていた人も

 

生きることを引け目に思うことなんかない。

堂々と、自分を生きてさえいればよかったんだよ、と、

 

誰かのためとかじゃなく 

 

「わたしがわたしのいのちのために」

 

そうあれますように と 自分に対しても 生きづらさを抱えてきたような人に対しても 願う

 

その願いが揺らがなくなった。

 

それから、昔はそれによって精神的虐待に遭ったり さんざんだった

「わたしは、障害基礎年金や生活保護を受給しながら、

介助さんと一人暮らしをしています。わたしの仕事は、エッセイストであり、シンガーソングライターです。」

という 自分の等身大のそのまんまを

 

ブログにも 書くようになった。

 

「生活保護を受けている人たちのことを、良く思わない人もいるし、

暮らしのことは、プライベートなことなんだから、書かないほうがいい」

 

という意見もあったけど

 

書いたら

「わたしも母子家庭で、今子育てをしていて、生活保護を申請したいけど

勇気が出なくて、区役所へ行けないんです。もう自殺しかないのか、と、考える日もありました。」

とか

「発達障害を持っていたことを、幾年も、隠して生きていました。だっこさんのブログを見て、

障害を隠さなくてもいい世界に生きたいと思いました」

とか

「今、暴力をふるう夫と離婚を考えていて、人生相談させてください」とか(!)

 

なんとな わたしよりとんでもない 切迫した状況を

「隠して」生きている人がたくさんいることを知ったんだ。

 

「話して、相手にドン引きされたくない」

「話しても、どうせ、だれも助けてくれないに、決まってる」

「まわりの人に、迷惑をかけたくない」

「話したところで、相手がどう思うか、、、、」

 

相手 周り 相手 周り、、、、迷惑かけたら、迷惑と思われたくない、迷惑を 迷惑に、迷惑は、、、、。

 

どれだけ多くの人が、人の顔色伺いだけに終始して生きているのか 

ブログを読んでくれたりライブにきてくださる方の中に 実は 相当の数いることを知った。

 

そして、それらの話の中には、周りが先で、『自分』がいない。『自分の願い』が いつも いつでも後回し。

そしてみんなが 生真面目で がんばり屋で 辛くても口にできなく 優しくて いい人。

「でも、本当は、、、、、」の願いが、いろんな人の胸の中に、本当は、小さく強く、隠れてた。

 

以下は、はるちゃんのブログのリブログです。

 

 

ーはるちゃんのブログより引用ー

 

わたしは、

わたしは、

わたしは、

わたしは。

 

主語を取り戻す。 

 

「わたしは、」は、

今ここを決める魔法の言葉。

 

 

 

このはるちゃんの上記のことば、

主語を取り戻す、って一文に、撃たれたくらい痺れた。

 

はるちゃんを大好きな人も、

わたしのブログを読んでくれる人も、

人生の一時期に、予期せぬ何かが起きて、何かで悩んだり辛くて、

「自分」を取り戻したいと 願っている人がたくさんいた。

 

おひとりずつの、その姿や声は

 

過去の一時期、障害が重くて介助さんが長時間必要なことも、

生きるのに生活保護が必要なことも

「人様に申し訳ないこと」

と、何億人も人間がいる中のほんの数人の声だけで、思い込まされそうになっていた

過去のわたし 

 

それから

 

「ああ、今も、<顔色伺い>をまたしちゃったな。」

「ほんとはこう思ってたのに、言えなかったな、でも言わなくちゃ。」

と 自分が創りたいコンサートや、仕事の現場でも

時によっては身近な介助さんにも(身近だからこそなんだけど)

本音をぶつけて嫌われたくないとか

今までお世話になってきた人なんだから言わないほうがいいだろうとか

 

日常の小さいことから大きなことまで

 

・・・ ・・・っていうか 小さいことこそ大きなことで、

 

無駄な遠慮ばっかりしていた、

 

「自分の快・不快に沿って、自分で決める」を 目下実践していた(今も実践は進行形)

 

わたしに 重なって見えた。

 

でも 

 

意志があるのに 願いがあるのにガマンするのを

 

ひとつひとつ 小さいところから 止めよう」

 

と 気が付いて 自分の心を何より一番大事にしよう と 

 

そこに恐怖心がないわけじゃなかったけれど

 

でも本音を晒して離れていく人はそこまでの縁だし

 

何より 自分の気持ちと違うことをしても

第一 楽しくないし

楽しくないのにやってたら

それこそそれが一番の まわりの迷惑だしな

 

と 

 

肚を括っていっきにできたわけじゃないんだけどね

 

自分に聞いて 実践

自分に聞いて 実践

 

って やっていきました。

 

ブログも講演もうたの活動も全部。

 

わたしの心が、いやなことはしない。

自分のペースでしかしない。

 

これをもし阻害する人がいたら

 

たとえ昨日までは仲が良かった友達

昨日まではお世話になってきた恩人でも

その時は 縁を切ってもかまわない。

 

だって 人は成長をするものだし

昨日と今日でほしいものが変わることや

やりたいことが変わることだっていくらでもある。

 

「自分の心」がそこに無い状態で人に会うことや、何かすることをやめる。

 

「わたしは」に、集中。

 

主語を取り戻す。

 

それはつまり カオナシ状態の自分から

『自分の顔』を、

取り戻すことだよね。

 

結果、わたしは、もともとひとつのことに集中すると他はぶっ飛ぶ気質があったけど

その集中力が自分で言うのもなんだけど研がれて

 

ずっと続けてきたチャリティーコンサート、第9回ではじめて行ったクラウドファンディングは達成

続けて行った第10回目にあたる最終回も、前回額を上回る達成、

ネットからのお申し込みと、コンサート(彩の国ゆめコンサート)の口座に直接にくださったかたの

金額の合計は100万円に届いた。

 

・・・で、これだけあっても最後の最終回だからとCDつくって全員プレゼントにして

しかもチケットそのものをクラウドファンディングのご返礼に付けちゃったから面白いように利益がないんだけどね

(チャリティーコンサートだから、意図してやったし、いいんだけどね)

 

障害をもつ

人様に支えられて生きる

わたしたち本人が

地域福祉へのチャリティーまで出す

コンサートを、まわす

 

お金は想いだからね

人力とお金とをまわす

 

自分たち主催は謝礼を1円も取らない

 

これが もう 私には楽しくってたまらなかった。

 

「だっこさんお金もらえばいいのに」

 

ってむしろ言われたけど(これは埼玉県と市の規定が厳密にあってチャリティーコンサートではできないの)

 

でも わたしが憧れる人はみんな

 

「わたしの得たお金が本当に必要な人に使われたらうれしい。じゃんじゃん払いたい。じゃんじゃん納税したい。」

っていう人ばかり。

 

自分でかき集めて貯めて胸に抱えて持ってたい なんて人いなかったのよ。

 

自分の持てる全部を全部 出してるの。

常々全部出してるから 人も想いもお金も全部、必要な時に必要なだけ

見事に、まわってるの。もう芸術の域!

 

でね その 生き方の真骨頂がはるちゃん。

 

「この人を見ちゃったら、もう、自分もやらないわけいかないな。」

って そのブログや存在を見て触れて受け取る人に

最高の影響を与える人。

 

「『開拓者』って この人のことを言うのよ」、と、常々思う。

 

わたしも誰かがブログや見た時に、

 

「こういう人が世の中に、少なくとも今同じ時代に生きているなら、

わたしだって自由に生きてみてもいいのかもしれない。

少なくとも、

そうした結果で幾人か人が離れていったとしても

また新しい素敵な人にも出会える世界があるのかもしれない。

今ここが、絶望の人生の終わりではないのかもしれない。

 

わたしは

わたしを幸せにする。」

 

その 勇気の 足場になるような だれかにとっての(その人にリアルで会うことがあってもなくっても)

存在であれたらいいな。

 

少なくとも

 

10年前の私の視点で見たときに、

「ただ一人でいいから、こんな人に、わたしの思い描くような人に、この世の中にいてほしい」

と願ってきた人物が

今のわたしであるような 存在であり続けたい。

 

「よくがんばった、ありがとう、わたし」

 

って 今ね わたしも 過去の自分へ 心の底から思ってるんだ。

 

10年前、、、、うつ病でもういつ死のういつ死のうって

考えるほか発想が出てこなかった、地獄のどん底だったんだから。

 

でも、先に不幸を体験しなくても幸せになっていい

幸せって今思える人だってもっと幸せになっていい

 

っていう 世の中に なるといいよね。(もう、ごく一部はなっているよね)

 

だって人生は一回だし、長さなんか、わかんないことだから。

 

はるちゃんは、はるちゃんを引退するけど

 

それも含めて

 

潔さが 大好きだ。

 

ひとつところに決して留まらない 濁らない 滞らない 淀みなく 心のままにいく生き方が。

 

なんか、好きすぎてどう書いていいか 取り留めない文章になっちゃったけど

 

これからは八木さやさんの活動になるけれど、そちらもさらに自由度が増して素敵だし、

 

引退前に、子宮委員長はるちゃんというこの素敵なひとの存在を

 

今日の今まだはるちゃんのことを知らないかもしれない誰かへ、どうしても伝えたくて書きました。

 

これは去年夏のトークと音楽ライブ スペシャルゲストとして

いらしてくださったときの共演時、歌手のツダユキコさん、
子宮委員長はるちゃん、だっこさん。

 

だっこさんの生き方に強い影響を与えた新しい女性のひとり として

ずっと好きです。

 

わたしも

わたしを幸せにする。

 

 

 


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皆様こんにちは!

お元気でいらっしゃいますか。

 

わたくしは、全霊全出しのゆめコンが終わり、

翌日に大きな予定のない、「ふつうの一日」の幸せを久しぶりに味わっています。

「ああ!幸せーーーー!!!」
って 介助さんの前で何度も声に出してしまうほど、
家にいて、ごはんとお味噌汁と納豆とか目玉焼きとか食べて
介助さんにお願いをして掃除したり

TV見たり本見たりライブのことを考えない瞬間があることが
こんっっっなに幸せって感じたことって人生で初かも。

 

「ふつうの日」って、こんっっっなに幸せなんだなあ。」

と 満喫しています。

 

ところで

先日の、ライターみわよしこさん(「生活保護リアル」(日本評論社)著者)
【車いすの歌姫が生活保護に支えられて掴んだ「自立」とは】(ダイアモンド・オンライン)の記事が

https://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20180914-00179749-diamond-column

今日見たら600シェアを越えていました。

 

ゆめコンが今回で最終回になるのは
主催スタッフの年齢や家族の状況の変化など、だれかひとりの何か ということではありませんが

私自身の障害の進行も、(2003年に比べればという意味ですが)大変に大きく

主催運営者と、当日に歌う人の二束のわらじは
もう、身体的に無理だな という自分の判断があったからです。

 

もちろん、まわりの支えあってこそですが

私自身も

クラウドファンディングは今年約800人にメールを書いた

集客も少なくとも230名~250名わたしが呼んだ

やればできることが解っているし

 

「今日の今」時点の、

「どこまではできて
どこからはできない」

ということも 今の時点での 自分の力量は やってみての経験値で

過小評価も、大きく見せることもなく、分かったし、


(これ、「やりきった」というところからしか言えなくて。
「体得してゆくもの」としか言えなくて。
でもやってみると、めちゃくちゃ気持ちがいいです。この

「やってみて、わかる」
という感覚は。)

 

その上で

「一番に本当にやりたいこと」以外を、

削いでいこう

と思いました。

 

予約管理とか、クラウドファンディングのメールを書くとか

ブログを書くとか
身体的に疲れると
日によっては

介護ベッドに寝た姿勢でケータイからやっていました。
 

コンサート当日、

会いたかった人

このコンサートになんとしてもと、遠方から駆け付けてくださった方、

たくさんのたくさんの人がいて 笑顔が見れて

もうホントそれだけでいいのに
(だってその瞬間のためだけに準備期間はあるんですから)

 

「だっこさんは、もう、1000人、2000人の前に出る人だね。」とか

「日本だけじゃなく、世界に出る人だね。」

とか これ以上ない誉め言葉を複数のかたへいただいて

 

今までずっと(それこそ約10年も!)あきらめたふりをしていた夢を思い出して

「思い出して、突然に目が覚めた」

みたいな感覚になったり

(その夢というか、目標は、歌で海外へ行くこと。)

 

ほんとね

<純度>が大事、っていうじゃん?いろいろな、すごくいいイベントを作る人が一様に。

 

そうなってよかったし

 

純度高く


中途半端にどっちもできるからと

二番 三番 四番を選んでいる身体的な余力がもうないので

 

一番にやりたいことだけをやっていく。

 

身体的なことを考えても

あとできるのはこれだなと 改めて 思いました。

 

ゆめコンのクラウドファンディングを「ピン!!!ときて、即決で支援しました!」と

応援くださった優花さんも、記事をリブログしてくださいました。


 

優花さんは、<ちいさいまつり>という継続開催していらっしゃるうたやお話しのイベントの主催者。

自然とつながり、人とゆるやかにつながり、こころや、自分の感覚をふさがず、大切に生きていこう、と

全国で<血縁を越えた絆で生きる>などもテーマに、お話し会やフェス形式のイベントを行っています。

 

私から見たら、奈良へ行ったり、北海道へ行ったり、今は、沖縄県での主催開催に取り組んでいらっしゃったりと

全国さまざまな場所へ風のように動き、ブログを見ているだけだとね

「魔法のようにいろいろなイベントを作るすごい人」。

わたしもイベントでお世話になるかもしれなくて、実際にお会いするまでは

漠然としたイメージであやふやに見ているだけの

「イベントとか、いろんな街でどんどんやってる、スーパーアクティブな、スゴイ人」。

そういうふうにしか見えなかった。

 

だけど、優花さんも300席に142人のお客さま、という回があったと!(・v・)

共演のかた(さとうみつろうさん)がほとんどのお客様を呼んでくださったともあり

「それだって、そのかたのご縁を掴み取ったことが、すごいじゃん!」

と思うけど、

 

だれだって、やってみて、体感、
やってみて、体得。

 

積み重ねていくんだよね。

 

それに、わたしのエピソードも、ブログに書いて出したら、
あらためて、

「いやいやだっこさん、運営的にはお金のことは、その年はそりゃ大変だったろうけど、

だっこさんがやってきたちいさいライブ、たとえばお客様が20名くらいのカフェライブだったたねの木、
着席満席が50名くらいの下北沢Seed Ship

130人がもしそこに同日同時間にくると想像してみ?

お客様が少ないから企画者として失敗だわっていう、数じゃあないよ。

だってコンサートプロモーターも宣伝事業者いない、

個人がやってるんだよ?!」

と 介助さんとか

わたしのこれまでの重ねた日々を知っている仲間に次々言ってもらえたり・・・ ・・・。

 

うん。

 

あらためて。

 

今にして思えば そうなんだよね。

 

300席に300名満席御礼じゃなかった年も

 

100名以上の個人の人が

 

人によっては仕事の年休取って。

お子さんをだれかに預けるように人を探して。

介助ヘルパーさんの時間を交渉して調整して。

何日も何週間も前から

このコンサートを一番に 最優先にしてカレンダーにマルして。

交通費かけて

時間かけて

身を運んで

駅間歩いてとか

車いすで電車乗ってとか

人によっちゃヒコーキ乗って

きてくれたんだよね。

その書いた主催運営は大変だった7回目

思い出せば一番遠くからきたお客さんは九州だった。

あの そのときから 九州だったんだよね。

 

今はコンサートの初期から中盤までとは時代が違う。

 

コンサート開催だけが手段じゃないよね、

youtubeだってインスタだって

facebookだって、、、、って ありすぎるくらいなんでもある

ケータイ目の前に置いて

「今歌います 今配信します」

って 世界に配信できるんだもん。

この手段も もっともっと使わなきゃ損だよね。

 

あらゆる手段で

ほんとうに共鳴してくれる人へ

わたしの歌や言葉がこれからも届き続けますように。

 

それから、ゆめコンを応援くださった方々
ともにした仲間の日常や表現活動が

それぞれに
種をまき 根を張り

いつか花を咲かせて

街の中に輝きますように。

 

みんなが元気でいてくださいますように。

 

さいたま市からほんとうに祈っています。

 

なんと10月7日も、奥野殿といっしょに、
上石神井で、ライブの予定です(^▽^)

詳細が決まったら、告知をします。

 

いつもありがとう。

 

朝霧 裕

 

★朝霧裕ファンクラブはこちらから★

月会費1000円 オンラインサロン形式で運営中。

 

朝霧裕エッセイ4冊目

「バリアフリーのその先へ!-車いすの3,11-」(岩波書店)好評発売中!

「自分を生きたい」すべての人に届きますように。

 

 


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皆様へ

 

お元気でいらっしゃいますか。

 

ご著書「生活保護リアル」(日本評論社)で全国的に知られるジャーナリストのみわよしこさんが、

最終回 彩の国 ゆめコンサートにご来場くださり、コンサートのことや、
「生活保護を受給しながら、コンサートや講演、執筆などをお仕事とする」というわたしの暮らし方を、
大きな愛をもって記事にしてくださいました。
 

現在、Yahoo!ニュースにも掲載されています。


「生活保護なんて恥ずかしい」
「わたしお金ないけど、そこへ(生活保護へ)落ちるなら死ぬほうがマシ」
いまだ若い世代のかたでもそんなふうに言う方がいらっしゃることを私は知っています。
でも、社会制度はなんのためにあるのか
わたしたちの税金はなんのためにあるのか
健常者をふくむ、すべての人が、災害にあったり、失職したり、道半ばでガンとか大きな病気になったとき、
だれもが
生きることに使うためにあるはずです。

 

そうか ひとりで 

ひとりでここで 苦しみ抜いていなくてもいいんだ と
だれかが 思ってくれたなら
賛否あっても歌ったりものを書くことを止めなかった意味があります。

 

どうかこの記事が、必要な方へ着実に届きますように。
 

2018.9.14 著者 みわよしこさん
ダイヤモンド・オンライン
「車椅子の歌姫が生活保護に支えられて掴んだ「自立」とは」

https://diamond.jp/articles/-/179749

 

 

 


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皆様へ

 

お元気でいらっしゃいますか。

去る9月8日は、15年間 チケット受付、、、、、いやそれだけじゃないんです

発起人として、歌とお話、、、と雑務ものすごい大量、、、を、務めてまいりました、

チャリティーコンサート、最終回 彩の国 ゆめコンサートの最終回でした。

 

2003年に、親友と立ち上げてからの第10回。

 

8年前の第7回、、、、300席のホールにお客さんは135人でした。

舞台へ、ぱっと飛び出したら、半分以上が、空席、がらがら。

 

内容は内容として、出演してくださったかたはそれぞれに魂込めて

思い入れて歌ってくださり、ほんとうに素敵だったし、

わたしもまた、当時の自分にできる精一杯をやったであろうとは思いますが、
 

それにしても、会場費用を払わねばならない運営の総括の立場のみで考えれば、
舞台へ飛び出し、空席の多さに

血の気がすっと引いたのを、今もはっきりと覚えています。

 

当時、運営としては、辛かったし心が折れ切ってしまって

渦中には、

「大失敗だ。もうやるもんか。」と一度は思いました。

 

でも 何月までに何をやるというタイムキープも

裏方、表方の人選も、内容決めも、

他の人に命令されてやらされたことなどひとつもなくて

自分でやっているんですから

自分がもうふがいなくて情けなくてただくやしくて悲しくて。

 

でも 中途半端だった自分のことが、くやしかろうが悲しかろうが

これからも この規模のコンサートは たったひとりではできない。

 

だから、腹を括って

 

「やってあげたいとか助けてあげたいとか上からじゃなくって

ほんとうに一緒にやりたい人としかもうやらない!!」

と こんなようなことばだったでしょうか。

 

裏方歴戦(?)チームの2,3人とは、よくあの日あのとき、

バンと皿を割るような縁切りにならなかったな、と、今顧みても不思議だと思うようなケンカもしました。

 

けれど、それでもなお、あの当時にこそ 今に通ずる宝が隠されていたことは

 

たとえば テレビや新聞やメディアに多く取り上げていただいたりだとか、

楽しい時 うまくいっていると思われるとき。

上り調子のときに人が寄ってきて 一時的な仲間や取り巻きが増えるのは当たり前。

 

でも、なにがしかの失敗や挫折、理想どおりにいかない自分の器に落ち込んでいるようなときにこそ

 

嗤わないで バカにしないで なにをどうしろとも言わず

 

ほっといてくれて

 

でも 最終的にお互いが

 

「またやろう?」

 

って 言ったときには 事実 きてくれた。

 

そういう人だけは なにかを作るチームであれ、純粋なファンの方であれ

 

大事だな

 

ということを 

 

「素晴らしいコンサートだったね。」

 

と 全員は言い合えなかった年にこそ 知りました。

 

7回から4年休んでの8、9、10回目。

 

その前年には、あえて「ゆめコン」のタイトルをはずし、

 

歌手でライアー奏者の木村弓さん(映画「千と千尋の神隠し」テーマソング歌手)をお招きし企画した

「響け!いのちのうたコンサート」もありました。

 

そこからの全3回は、

 

回を重ねるごとに、お客さんが再び足を運んでくださり増えてゆくことが目に見える3年間でした。(各年開催だから年数は6年間でした。)

 

「やりたいようにやる!」

 

と決めて

 

少なくとももう裏方の全員がわたしのことを総スカンで離れていくと覚悟したのに

 

「いやむしろその姿勢でよかったんだよ。」

 

と、、、ひとりずつと、離れかけた手を強く組みなおすことができました。

 

日頃、人により介護制度であったり、

わたしなら、そこに加えて、生活保護制度であったり、

いくつもの福祉制度と人の手に支えられている、私自身を含めた、障害をもつ仲間たちの存在は、

 

「自分のトイレも自立できない、人様のお世話になっている人たちがチャリティー?

ちょっとあなたたち、ずいぶんと勘違いしていらっしゃるんじゃない?」

 

と いぶかしがれること、敵意と言っても過言ではないほど強いことばに晒されることもありました。

 

でも、日頃から、人の手に手に支えられているわたしたちだからこそ

できるときにできる人ができることをやること

その手を 止めないことの 大切さを身を以って知っています。

 

わたしたちの日常にとって

誰かが困れば誰かが助けるのは「当たり前」。

 

わたしたち特別でえらいでしょ?なんて思ったことは

ただの一度もありません。

 

「歩けるようになってからやる」

「もっとお金持ちになってからやる」

「もっと有名になってからやる」

 

それもいいけど

 

あまりにも長いあいだ二の足を踏んでいると

 

その前に死んじゃうかもよ?

 

今できることは今やる。

 

ソツなく

ミスなく

無難に

うまく

理想のとおり

すごく称賛を得られることを

やれなくったっていい。

 

ハプニングや、まさか!が 「無いこと」が「だれかの、正解」であったとしても、

それは、「わたしの、正解」として欲しいものとは違う。

 

今できる、等身大を全力で。

 

そういえば、そうそう、友達のだれかが言ってたっけ。(けっこう、複数人がおなじことを言っていたような。)

 

「彩の国ゆめコンサートは、、、。いやちがう、だっこさんは。

かっこつけたら終わり。

だっこさんは<うまくやろう>って考え出したらぜんぶ終わってしまう、そう思う。」

 

昔はね、おなじ言葉を言われても

 

「え?!違う。わたし<いじられキャラ>いやだもん!」って

 

内心、聞き入れなかったろうな。

 

でも、今ならわかる。

 

かっこつけるって、ダサイよね❤

 

だから自分の素のまんま。

 

緊張もしたよ?

 

あとみんなに会えてすごくほっとした(・v・)

 

パソコン受付で名簿作って300人名前見続けてたのはわたしだからね。

 

で もうほんと もうなんだろう

 

「会えて、じゅうぶん。」

 

1曲目で(!)

 

「今日はもう、これでじゅうぶん」

 

って 繰り返し言っちゃったけど

 

会えて みんなが ただいて 

 

いてくれて満足だった。

 

みんなにとっては

 

どんなコンサートでしたか。

 

わたしにとっては 

 

楽しいコンサートでした。

 

人生は「他人のせい」にはできないことを

わたしは歩けないことを何のせいにもできないことでよく知っているから

 

「これからも楽しく生きていきます」って

公言するのって

ザワザワするけど

 

自分が自分を

楽しみます

って言うことに

 

「これ言うのって、だれかに悪い気がする。」

って

気が咎めるのって

 

そもそも いったいだれがなんの呪いをかけているんだろうね?

 

「自分だけが幸せになっちゃいけない。」とか。

 

わたしはわたしを幸せにする。

 

もうじゅうにぶんに幸せだけど

 

今日の今まだ死んでないから 生きる限りは

 

神様がいるなら

 

まだ見たことのないわたしを見せにそこまでひっぱってほしいから。

 

彩の国ゆめコンサートは終わるけど

 

2年に1度の縛りが消えることでもある。

 

だから、今ここは、

 

個々ひとりずつの、生活や表現活動の新しい10年の始まりの日。

 

個々ひとりずつ あと10年、、、15年、、、なんていったら

 

各位 お互いが まるで想像だにしなかったような面白い場所にいるかもね?

 

ここで会えたすべて 全員の人が

 

いのちのまんぞくのもとに、人生を歩み続けられますように、

 

自分もふくめて と 祈ったよ。

 

よく祈った(・v・)

 

さきの10年。

 

いや100年でもね。

 

いつか絵と写真の中にしかわたしたちはいなくなるけど

 

全員が別にだれも死ぬわけじゃないから

 

どうかこれからもよろしくね。

 

またチャリティー報告は、会計後、しっかりと書きます。

 

わたしもっと疲れるかと思っていたら

(さすがに2、3日寝てばかりいたけど)

 

あと 「自分がこのあとなにを言うんだろう」って

 

自分でもまったく予想もできなかったから

 

「(歌を)10年休みます」

 

とか わたし言うのかな?

 

それはもう心に任せよう と 思ってたけど

 

「一番」以外を、全部削いだら

 

わたし

 

「歌が好き」

 

って気持ちしか残らなかった。

 

でね それで それにしても これいまこんなにも長く書いたあとだけど

 

三好殿が撮ってくださった写真たちをみて ほんとに思ったんだけどね

 

、、、 、、、わたしたち ほんとうに土曜日に芸術劇場にいたんだろうか?

 

まだ7日経ってないのに

 

私自身、まるで「夢を見たんじゃないか?」 っていう気持ちです。

 

わたしたちがほんとに実在しているか

 

これからも時々ライブに確かめに来てください。

 

第1回から10回まで本コンサートを支えてくださったすべての皆様

 

そして 日頃の 本番の舞台の上ではない日常の生活を

 

支えてくださるすべての皆様に 心からの感謝をこめて。

 

朝霧 裕

 

最終回 彩の国 ゆめコンサートより写真 三好祐司

歌とお話しと受付と発起人 朝霧裕

 

フルート ソウマヒカリ

 

パーカッション 杉本亮平

 

ギターとうたと舞台監督と記念CD制作プロデュース 

最終回ゲスト 奥野裕介

 

ブルースハープ 居相毅 

 

ピアノ 大関麻子

 

うた シークレットゲスト 小澤綾子

 

マリンバ 高瀬陽子

 

絵 CDジャケット表紙 プログラムイラストぜんぶ スライド 辻友紀子

(背表紙のうさぎさんは今回のための新作描きおろしです!!!)

 

手話通訳 埼玉聴覚障害者情報センターのみなさま

 

実行委員長 電話受付 その他もろもろ 大野和代

 

上記すべての写真 スライド写真 三好祐司

 

 


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【彩の国 ゆめコンサート ご来場の皆様へご連絡】

 

みなさまへ☆彡

ついにあと7日後には本番となりました。
最終回 彩の国 ゆめコンサート。

ご来場の皆様へ2点ご連絡でございます\(・v・)/

 

★「託児室」のご連絡

彩の国さいたま芸術劇場には、小ホールからですとちょっと廊下を歩きますが、託児室がございます。

ヘルパーさんが常駐してはいないので、
お父様 お母様のご同伴が必要ですが、お子様の授乳、おむつ替えなどなどに 適時ご利用くださいませ。
当日に、名札をつけておりますコンサートスタッフ、もしくは、館内入口インフォメーションの劇場スタッフのかたへ
お気軽に場所当等お尋ねください。

 

★「当日差し入れ」のご連絡

当日のお花、お菓子等の差し入れでございますが、
劇場からの退出時には、スタッフ及び出演者のお弁当やお茶等の空ケース、個々人の衣装、本回記念CDや物販の在庫等
すべて 塵ひとつない勢いで片づけて
自分たちでもって 上がらなければなりません。

 

また、その際、スタッフ、出演者の使用できる車にも限りがあり 自分の身体こそ杖と車いすで荷物はいっこも持てない
出演者、スタッフもたいへん多く
運ぶものが多くなってしまうと 
退出時は ほんとうに たいへんです。

 

また、主催者として一番に大切にしなければならないことは
出演者、スタッフ、お客様 かかる全員の
怪我・事故のないことです。

 

大変に心苦しいのですが

飲食品は、まだまだ残暑厳しく
100年にいっぺんの猛暑と言われる今年、
万にひとつも、食中毒の可能性なども考えますと
主催者責任として、複数人の来場の皆様からの
飲食品のお受け取りはできません。

 

ですので差し入れと心づもり
してくださった分のお金は
どうぞ おいしいものを食べるとか 
おしゃれのために使おうかしら とか

皆さんの住んでいらっしゃる町へのチャリティーにするとか 

みなさんご自身のためにお使いください。

 

なお、それでもかなんとしてもわたしたちのために
お金を使いたい!!
と思ってくださるかたがもしもいらっしゃれば
当日会場で、出演者たちそれぞれの
CDや本を買ってください(^▽^)

 

CD制作や著作を生業とする表現者にとって、
何より一番の応援は

、精魂をこめてつくった作品たちを買っていただくことに他なりません。

 

誠に勝手なお願いではございますが
彩の国ゆめコンサートへご来場のみなさまには
これを読んで
「なんだよ!!!俺の、わたしの
この愛を受け取らないのか!!!」と
怒り出すような人はひとは 
いないと信じています。

皆様のご協力を どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

彩の国 ゆめコンサート実行委員会
発起人 朝霧 裕
実行委員長 大野和代

 

ゆめコンFBグループはこちら

https://www.facebook.com/events/1704578509585172/

 

ホームぺージはこちら

https://yumecon.jimdo.com/


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☆チケット完売のお知らせ☆

 

皆様へ 

 

クラウドファンディングや、チラシ配布など、たくさんの仲間に、多岐に渡り 応援をいただきました

最終回 彩の国 ゆめコンサート

本日8月27日を持ちまして

チケットを完売致しましたことをご報告致します。

 

 

クラウドファンディング、メール、お電話でチケットをご購入いただいた皆様

本当にありがとうございました。

 

本番では、実行委員、出演者一同、感謝の思いを込めて、精一杯がんばります。ご来場お待ちしております。

 

※「当日駆け込みOKですか?」とのお問い合わせもいただいておりますが、

ゆめコンは車いすや杖のお客様大変多く
会場規定で安全上、立ち見禁止となっております。

 

当日券はありません。何卒ご了承お願いいたします。

 

 

実行委員長 大野和代 発起人 朝霧 裕

 

◆ふれあい福祉基金チャリティー
 彩の国 ゆめコンサート【最終回】◆
   ・
日時:2018年9月8日(土)
開場17:30 開演18:00 終演20:00
場所:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
   ・
・出演
 朝霧 裕(うた)
 奥野裕介(ゲスト ギター弾き語りソロ)
 大関麻子(ピアノ)
 杉本亮平(パーカッション)
 高瀬陽子(マリンバ)
 ソウマヒカリ(フルート)
 居相 毅(ブルースハープ)
 三好祐司(写真スライド) 
 辻友紀子(絵画スライド プログラム表紙絵)
   ・
・舞台監督 奥野裕介
・舞台監督補佐 鈴木裕一郎
・手話通訳 埼玉県聴覚障害者情報センター
   ・
※彩の国 ゆめコンサート Facebook
 https://www.facebook.com/events/1704578509585172/

 

 


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みなさまへ☆彡

お元気でいらっしゃいますか。
 

ただいま全力集中で歌の練習だけをしていて

こちらに何度も書きませんでしたが(1か月前まできたら書こうかなと思ってたから。)

最終回 彩の国 ゆめコンサートまで

あと30日。
※↑クリックすると公式ホームページに飛びます

 

彩の国 芸術劇場 小ホール 車いす席 介助さん席 予備席
通常のいすの席 すべてすべてすべて含めて308席予定

(介助さんの最前列パイプ椅子の席等を通常いす席に換算して
おおよそのめやす、としています。介助さんの無料席の調整上
チラシと前後しますことご了承ください)

完売まで残りわずかとなりました。

 

ご予約は お早めに 主催実行委員長 
大野さん090-9324-4661まで
お願いいたします。

ご予約多数の場合には、お振込みの先着順でご対応致します。

 

当日券はありません。

 

もう、すごいすごいすごい純度のエネルギーが渦を巻いて天まで届く
ないしょのあの人が描いてくださったこのチラシや

(やっぱり最後まですごく照れ屋で、毎回FBに名前をのせなくてもいいんだってさ(・v・)

チラシを描いてくれた人はコンサート当日は、終演後に、

会場ロビーのゆきちゃんの絵葉書を売っているところに売り子さんでいるからね)


辻友紀子さんの描いてくださったCDの表紙絵のその通りになるよ。

クラウドファンディングの応援者のみなさまにはCDがちょっとだけ
先に届くし 今回のCDじゃなくても、だっこのライブや、

youtubeの映像を見たことがあったり、これまでのCDをきいたことがあるよという方には、

みなさんの何度も聞いて知っているうたも必ず歌ますから

 

よかったらもう みんなも
喉を磨いて(-▽ー)

 

知ってる歌は だっこさんや奥野さんやかずよさんと
いっしょにもう客席から全部うたうぞー!!!

 

という気持ちで 歌いたいかた 特にお越しください(・v・)

 

むしろ今回だけの新曲だからみんなが全く知らないですといううたは少ないので、

少しでも「これ知ってる!!!」
といううたは じゃんじゃんもう客席から300人がのど自慢に今参加しているという雰囲気で

一緒に歌ってほしいです(・v・)

 

ここへきて

 

「第1回目から、わたしを見つけてファンでいた人って

いたとしたら(車いす席にはいることを把握しておる(・v・))

その人

すっげーな」

と 15年ファンでいた人がいたらその人


「マジ神レベル」って(←このことばこういう時使うのね!)
あらためて思っています。

 

2003年から比べれば、
もう今 わたしは有名だから

どこかで何かの著書を読んできてくれるとか
どこかで主催様があって呼ばれたライブやイベントを見て
来てくれるとか

どこかで見かけて
来ましたよ というかたもゼロではないけれど

 

15年前に遡れば

どこの海の骨とも山の骨とも
(滑川出身だから滑の骨かね・・・?(・v・))
どこの誰かもわかんない人を

茶化しもせずバカにしもせず、
15年前から信じてくれた人がいた
って

 

ほんと すっげーーーなーーー 

わたしを 見つけた みなさんが。

って 思います。

 

(だって開催自体や出演者個人の人格を貶めるような記事を
しつこく何回もブログとか公の場に書いてきたり
コンサート受付に脅しまがいの電話してきたりして
こっちからマジな縁切りしたお客様も15年間全回のうちにはいるからね。)

 

だれよりもわたしがわたしのファンだったけど

 

それが大野委員長でもあり
表紙絵の辻友紀子さんでもあり

お客様のだれかなんだろうなと思っています。

 

誰に会ったり別れたり
何があってもなくっても

 

「自分が自分と両想い」

 

自分の魂が自分自身に。

 

ただここ(自分の胸の中)に帰ってこられてよかったな。

 

障害の有無も世代もマイノリティーもマジョリティーも
ぜんぶ ただ「個人」と「個人」として。

「自分を生きたい」

この 魂の願いを持った

すべての人にこのコンサートが届きますように。

 

演者たちは
ほんと好きに歌って奏でておりますので

 

本コンサートが
胸の中に 小さな願いをもつ人と人との
縁つなぎの場所になりますように。

みなさまのお越しを 心より 心より 心よーり

お待ち申し上げております❤

 

彩の国 ゆめコンサート発起人
朝霧 裕

 

彩の国ゆめコンサートホームページ

 

 


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ふと。

 

ふと。

 

ふと。

 

心の中に(心より深いとこかもな)バっと浮かんで

自動書記状態で

つらつら今日FBに書いたこと と ちょっと解説ね。↓。

 

どんなお立場の誰であれ

 

公に人をディスりまくってる人ってさ

要は

要するに

 

苦しそう。

 

わたしを認めて!

 

わたしを認めて!!

 

わたしを認めて尊敬しろよ。

 

と。(怖!)

 

でも 

 

それ自分でやれよ。

 

と 思うわけです

 

自分の魂を救うのは 

 

他人の賛同じゃないよ

 

他人の賛同も煽動も洗脳もぜんぶ要らないよ?

 

ただ 自分の手だよ?

 

それができれば人を差別したりマウンティングしようなんてそもそもが思わないじゃん?

 

けっこうなんか

 

お金があって地位があってこないだまで名誉があった人が

いっきょにめたくそに地に落ちるようないろんなニュースを見て

 

「あー 凄い苦しそうな人だな。

良いカウンセリングにマジで行けばいいのに。」

 

と 思ってる。

 

それで

「自分と生き方や国籍や身体性が違う他人を排除する空気」みたいなものと

「それ古いっす」と言って

もうじゃんじゃんボーダレスにとめどなく自由な心で生きていく人とは

ますます二極化する。

(いや、してる、すでに けっこう。かなり。)

 

自分にも他人にも 等しくすべての人に

『自由になればいいじゃん』

って 思う。

 

人が一番苦しげなときに

「ほんとうはなにを一番わかってほしかったんですか」

と 人から聞けるような

プロのお話し聴き屋になりたいなあと思うことある。

「だっこさんと話したい!!」っていう人がもしもいたら。

 

うん。

お話し聴きます(カウンセリング業)を いっしゅんはじめて一回止めていたけど

近くまたやろうと思う。

たぶんわたし求められているから。以下はFBにほぼ自動で書いたことば。

 

いろんな、好きな人のFBが偶然に上がってきて 

すてきなことばをぱっと見る瞬間がものすごく好きなんだけど
今日はまわりが
みんなそれぞれ個々の場所から
いったいなにが起きた?!
どうした?
とびんびん魂がゆれるくらいに
「人やモノからの解放」
「節目」
という言葉を書いていて
すごく自由で、とってもきもちがよくて
強いエネルギーを
だれからも感じる。
こういう
無意識の集合意識が
全国全世界のどこへいてでも、
ぎゅぎゅぎゅぎゅーーーん
と 宇宙へ向かって吸い上げられるような日
瞬間を
目に見えないけど 感じることって 大好きだ。

これから先 結婚、離婚 再婚 再々婚、、、
みたいな感じで
生活のパートナーすら(「すら」じゃなくて「だからこそ」よね!)
じゃんじゃん変えていく人ってどんどんまだ増えて
「それが普通」になるだろうし
そもそもが、「普通」なんてないしね。

仕事上のパートナー
たとえば音楽ライブをやる人だったら
一緒に音を奏でたい人の人選
とかも
極端な話し
月替わり 日替わりで(月じゃ長いな)
「今日 今 この瞬間 この人と組みたい!やりたい!」
っていう だれかがだれかに発信するエネルギーも
循環して
世の中をめぐりめぐって
離合集散はふつーに当たり前で
別になんにも恨みっこなし
だって世の中は
「循環」だから

必要なとき ぱっと集まってぱっと散る
そういうふうに

なっていく

人を縛るモノも
人を縛る人 も
(上下関係で人を見たがる関係性とかね。夫婦でもビジネスでも友達関係でもなんでも)

時代に逆行しているから滅びてゆく

と 生き物の直感として思う。

閉塞感は時代にあるのではなくて
往々にして「自分の心の中」にある問題だ。

今いる生活の環境
今ある目の前の人間関係

「そこが嫌なら

自由になればいいじゃん。」

自分が変わろうとも
本気で環境から離れようともしないで
いつもまわりへの不満ばっか
愚痴、文句ばっか
それを書いて さも得意になっているようなものの書き方や
会話のしかたをしている人からは
人は離れていってしまうし

ただただ 自分を生きてる人には
すべての富が勝手にめぐる。

今まで
やりたいことをやりたいようにやってきて
変人扱いされてたり
人間関係もなんもかんも妥協しないから
切られた人からは陰口言われたりしていたような人たちが

「でも本来 生きるってこれでよくない?」

と ますます 陽の下に輝いていく。

絶対にそう。

「一個人」であれ、
そして自由であれよ。
自分。

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