きのうね、わたしが2003年から、養護学校時代の友達や、わたしの住んでいるさいたま市の地元の方々や、ご縁あったミュージシャンたち、たくさんの方々と継続開催をしてきた
さいたま市ふれあい福祉基金チャリティーコンサート「彩の国ゆめコンサート」の、準備段階の話し合いで、親友でコンサート実行委員長の大野かずよさんに会ってきました☆彡
通称かずちゃん。よくわたしのエッセイにも登場している人です。(・v・)
それでね、今年、コンサートの開催資金の応援を、私やかずさんが自分達が直接に動きまくって
告知やチケット販売を手売りだけで頑張るっていうのは、もう、障害の進行もあって、本当の本当に体力が限界だから、もっとこれからはまわりの人に助けてもらおう、クラウドファンティングで呼びかけよう、と、いうことになったのね。(今、公開に向けて、絶賛準備中です)
それでね、その会話がね、
「ほら、もし万が一達成できなくても、一人でも二人でも、ゆめコンのことを知ってもらえるだけでもありがたいよね」
「うんうん、1万円でも、ありがたいもんね」
「クラウドファンティングって達成する人も今多いけど、わたしたちだけだれも応援してくれなかったらどうしよう」
「ターンてこれじゃあ内容釣り合わないと思う?間違ってると思う?」
って すごい 本音は 成し遂げて大大成功したいのに
言葉が違うこと言っちゃうの。わたしも!(むしろわたしのほうが!)
すごいこわくて、すごい心配で、叶うと信じたい、、、でもダメだったら、、、、でも、、、、と、
すごいね、未来に対して、ドキドキすると 人は というか わたしは
「ほら もしだめでも あれじゃん 何かは新しい道がひらけるわけだしさ ゼロじゃないわけだしさ」
って 言っちゃうんだね。
ビビリなんだね 案外。
ということが よーーーーーーく、わかりました。(^▽^)
でもそれはたぶん、その夢や事柄が 本当に本当に本当に大切だからだ。
だから不安なんだよ。大切だから、傷ついたり傷つけたり、したくない、って、失ったらどうしようとか、
失敗したらどうしようとか、先に、考えちゃうんだよね。
「ほら、もしダメでもさ、」
とか 口が先にぱっと言っちゃうようなものごとほど
それ ほんっとに 叶えたいんだよ と 本当に解った。
大事で大事で夢すぎて絶対に叶えたいです
そう思うだけで
本当に 涙が出ます って
このまんま人に言うのって
どうしてこんなに ザワザワ胸騒ぎがするし勇気も要るんだろうね(・v・)
叶えたいことは、どんどん言っていいのにね。(・v・)
それでね、いろんな話をしてね、この記事の、
「ザワザワザワザワ、、、、(・v・)」
http://ameblo.jp/cafedudacco/entry-12135396407.htm
これ、なんだったか、かずちゃんにだけは、話したの。それで、
「ほら、もしさ、だめでもさ、でもほら、やってみればさ、あきらめもつくから」
って、あたしの口は、また言ってた。
夢過ぎるから。
そうにしか言えなかったの。
でも、かずちゃんは、笑わないで、「えー?!(^▽^)」とすら言わないで、聞いてくれて。
「叶ったら、その景色、私も見たい!私もぜったい連れてってね!私も行きたいから!!」
って言ってくれた。
「旅の恥はかき捨て」っていうからさ
なにをやることに決めても
なにをやらないことに決めても
誰の人生も
自分の人生は自分の 死ぬまでの一代記だからさ
その夢過ぎる夢もね、たぶんわたしチャレンジするよ。(・v・)
でも叶ったら言う。
<夢過ぎて夢過ぎて人に言えないくらいのでっかい夢>
あってもいいよね。
たぶん「これを叶えたい」ということが、私の本当に叶えたい大きな夢のひとつなの。
やりたいことって、ビビッて口で何言ってても、やっぱり自分が、心では、一番わかってるよね。
とにかく、それを叶えるためにも、いっこごと、全部楽しんで、
「あたしはここまでしかできない」って決めないで、
「できる」のほうへ、「楽しむ」のほうへ、
限界を外していこうと思います。