みなさまこんにちは!おげんきですか。昨日は、詩の神々に会いに、

【日本・スイス国交樹立150周年記念 連詩の朗読会】
日本側詩人:谷川俊太郎、覚和歌子
スイス側詩人:Klaus Merz、Raphael Urweider
翻訳者:Eduard Klopfenstein(日本語からドイツ語に翻訳)
松下たえ子(ドイツ語から日本語に翻訳)

という連詩の朗読会へ行ってきました。はじめての、詩の、生ライブステージ、という雰囲気でございます。

連詩とは、作者が一同に同じ場所に介し、一定のルールのもとで、詩の創作を行い発表する詩の形態のことで、「内容が前に戻ってはいけない」、「共通したテーマがある」などの元に、各人が、その場で詩を作ってゆくのだそうです。私はきのうはじめて「連詩」という形態を知り、自分なりに、想像をめぐらせながら聞きました。

私自身歌うこともあり「実際に会うこと」、「生の声」に心ふるえること多く、日本とスイス、4名の詩人の36編の詩の語り、「なんて贅沢な時間の中にいるのだろう(>v<)」と、ドキドキし続け、時を過ごしました。


谷川俊太郎さんは、詩を書く人にはもうほんとうにほんとうのかみさまのようなかた!

国語の教科書で目にしたかたも多いでしょうし、詩を書く人ではなかったとしても、人生で一度はどこかで読んだことがあるのでは、、、 、、、という日本を代表する詩人です。

わたしは、自分の介助について、親だけしか頼る手が無い実家の生活を出て、介助ヘルパースタッフと一人暮らしをしてみたいと、夢を抱いた10代半ばのころ、

『これが私の優しさです』

という谷川さんの詩に出会い、その内容が、

「たとえどんなに重い障害をもっても、親が亡くなる時に一緒に親子心中するのではなく、親亡きあとにも生きていく」

と前を見た意志と重なること多く、以来、人生の節目、節目に、沢山の詩に勇気を頂いてきました。

「詩には力があるんだ」

と教えてくださった、「道標」のような詩人のお一人です。

「歩けなくても、書けば、道が拓くかもしれない」という最初の希望を、詩で、ずっと、支えてくださった偉大な方です。



もうお一方、覚和歌子さんは、木村弓さんの歌う映画「千と千尋の神隠し」テーマ、「いつも何度でも」や、「命の名前」で知られ、平原綾香さんや、沢田研二さんら、沢山のアーティストの作詞者としても知られています。昨年、木村弓さんをゲストにお招きした自主コンサート「響け!いのちのうたコンサート」でも弓さんの生の歌声で「いつも何度でも」をお聞きし、覚さんが「声」での詩の語りにも重きを置いて活動をしていらっしゃることを知り、

「この詩を書いたかたの、生の舞台にもぜひ行ってみたい!」と、想いつづけていましたが、今日その夢叶うことができました。

語る声も、凛と、素敵な方で、ますますのファンになりました(>v<)


「いつも何度でも」の中にある「ゼロになるからだ」ということばは、身体の差異、世代、性別、国を越えて、

その人がその人のシュチュエーションで、自分に重ね合わせて思いをはせる、何にも捉われていないから万人のだれにもきっと当てはまる、「生」と「死」や、「再起」や、「岐路」や、、、 、、、いくつものキーワードがすべて入っているのに重くなく、なんという、不思議な、素敵な言葉であろうと、はじめて耳にした瞬間から、私のこころの奥に刻まれて消えません。


詩の、その向こうにある、目には見えないものを、読み手に見せることができる詩… …そんな永遠の憧れを、手から綴り出す方々にお会いすることができ、幸せと緊張で、、、 、、、私自身は会話のおぼつかないままでございましたが(・▽・)


勇気を振り絞って、谷川先生、覚先生それぞれに、私のCDとエッセイもお渡しさせていただきました。


きっと、詩も絵も音楽も表現は、どんな形でも、止めないで、

「一生涯、やり続けること」、詩なら「書き続けること」でしか見えない景色が必ずあり、

私も、生きた先でそこに着きたい、と、誓いました。


詩や歌は、たとえ寝たきりの人をもその場にいながらにして、世界旅行、宇宙旅行に連れて行ってくれます。家に居て、まだ、介助さんも居なく、電動車いすもなくて、テレビと本とCDが、私の心を切実に救ってくれていた時期から、大好きだった詩やうた。

自分が心を救われたものに命を使いたい。


小さなころからずっと、ゆらがなかった心の底の想いが、光に触れて、希望を増した日でした。


これからも、書いて、「生きるほうへ」、道を開けたい。


年末のゆめコンサートの下準備にもそろそろ気合を入れて\(^▽^)/



昨夜にお聴きした詩の中の『書くことは人を不死身にする』という言葉が、

力強く、心にこだまします。

FROM だっこ