《蓮如上人・御文章》『白骨の章』 | カフェ点のブログ/福井片町/洋生・焼き菓子・クッキー・チョコレート製造販売・カフェ/日曜・祝日 定休 営業11:00~20:00

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出来事などを気ままに書かせていただきます

2024/12/17(火曜日)

 

毎日寒い日がつずきますねー

 今年は10年に一度の大雪になるかも・・・

       の予報も出ています。

 

 

 

 

それでは、

 

本日は

 私達人間の一生の 儚さを

       切々と書かれた

 

《蓮如上人》

    『白骨の章』

 

葬儀や法事等で皆さんも

 何度かお聞きになった事もお有りと思いますが、

 

改めて(全文)意味も含めて書かせて頂きました。

 

 

 

夫れ 人間の浮生なる相を

 それ  にんげんのふしょうなるすがたを

 つらつら勧ずるに

  つらつらかんずる

凡そはかなきものは

 おおよそはかなきものは

 

この世の始中終 幻の如くなる一期なり

このいよのしちゅうじゅう まぼろしのごとくなるいちごなり

 されば未だ 

   さればまだ

万歳の人身受けたりという事を聞かず 

 まんざいのじんしんうけたりということをきかず

一生過ぎ易し 今に至りて

いっしょうすぎやすし  いまにいたりて

 

誰が百年の形体を保つべきや

だれがひゃくねんのけいたいをたもつべきや

 我や先 人や先 

 われやさき  ひとやさき

今日とも知らず 明日とも知らず

 きょうともしらず     あすともしらず

 

 遅れ先だつ人は

  おくれさきだつひとは

 

本の雫・末の露よりも繁しといえり

 もとのしずく・すえのつゆよりもしげしといえり

 されば朝には紅顔ありて

   さればあしたにはこうがんありて

夕には 白骨となれる身なり

ゆうべには  はっこつとなれるみなり

既に無常の風来たりぬれば

 すでにむじょうのかぜきたりぬれば

 

即ち二の眼 たちまちに閉じ

たちまちふたつのまなこ たちまちにとじ

一つの息ながく絶えぬれば

ひとつのいきながくたえぬれば

 紅顔むなしく変じて

  こうがんむなしくへんじて

桃李の装を失いぬるときは

とうりのよそおいをうしないぬるときは

六親・眷属集りて 歎き悲しめども

ろくしん・けんぞくあつまりて なげきかなしめども

 更にその甲斐あるべからず

   さらにそのかいあるべからず

さてしもあるべき事 ならねばとて

  さてしもあるべきこと      ならねばとて

野外に送りて夜半の煙と 為し果てぬれば

 やがいにおくりてよはのけむりと      なしはてぬれば

  ただ白骨のみぞ残れり

    ただはっこつのみぞのこれり

あわれというも 中々おろかなり

  あわれというも     なかなかおろかなり

されば 人間のはかなき事は

 されば    にんげんのはかなきことは

老少不定のさかいなれば

 ろうしょうふじょうのさかいなれば

誰の人も 早く後生の一大事を心にかけて

だれのひとも  はやくごしょうのいちだいじをこころにかけて

阿弥陀仏を 深くたのみまいらせて

 あみだぶつを    ふかくたのみまいらせて

  念仏申すべきなり

    ねんぶつもうしべきなり

 あなかしこ あなかしこ

   あなかしこ     あなかしこ

 


私達人間の一生は水面に浮いている浮き草のようなもの

 あっちにフラフラ、こっちにフラフラ不安定な一生である

 

いつ何が起きるか分らない人生

 長生きしたとしても90年、100年

 

木の幹や葉から水滴がポタポタ落ちるように

  毎日人は死んで行く

 

あの人はいつまで生きられるだろうか と、

 他人の事は心配しても、自分が先とは思わない

 

朝、元気に出て行っても

  夕べには死人となって

   帰ってくるかも分らないのですよ

 

歳の順番で亡くなるのではないのですよ

 

朝は元気な紅顔で出ていったのに

    夜は死人の顔になり帰ってきた

 

家族や親族が集まり 歎き悲しんでも

       もう生き返りはしないのです

 

いつまでも歎き悲しんでもいられないので

 葬儀をし 火葬にしたら

  小さな壺に入る白骨になってしまった

 

あの人は 全てこの世に置いて

 体一つでどこに行ってしまったのだろうか

   こんな哀れなことがあるだろうか

 

一体何のためにこの世に生まれてきたのか

 

最後はこうなるのに 何故

    あくせく働いているのか

 

 

死ぬ順番は老いも若きも

    決まっていないのですよ

今度はあなたの番かも分らないのですよ

 

だから若い人も

「後生の一大事」の事を心にかけなさい

(死んだ先のこと)

 

人生の目的は本当の幸せになることですよ

 死ぬときでも変わらない幸福は

  この「信心決定」ただ一つ

 

絶対の幸福になることですよ

 『蓮如上人』はそのこと一つを

   私達に教えておられるのです

 

 

【阿弥陀仏の本願】を真剣に聞きなさい

 

そして、本当の幸せに救われて

  お礼の念仏を称える身にさせてもらいなさい。

 

 

 

 

簡単に書かせて頂きました。

   詳しくはYouTubeでどうぞ。

 

 

それでは今日はここまでです。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。