カフェ点のブログ/福井片町/洋生・焼き菓子・クッキー・チョコレート製造販売・カフェ/日曜・祝日 定休 営業11:00~19:00

カフェ点のブログ/福井片町/洋生・焼き菓子・クッキー・チョコレート製造販売・カフェ/日曜・祝日 定休 営業11:00~19:00

福井銀行本店さんの後、徒歩1分の所(西側・片町)にあるカフェ点です。
近辺にコインパーキング(有料)があります。
お勘定が税込¥2,000以上のお客様にお車1台にコイン(¥100)1個差し上げます。
出来事などを気ままに書かせていただきます

2026/06/26(金曜日)

 

今日の福井は一日中「雨」

  一時強く降る時間があるそうです

    「落雷」「突風」「ひょう」の注意報も出ています

 

       どうぞ ご注意を!!

 

 

 

それでは

  今日も勉強中の「仏教」を少し

 

《仏教》で言う『人生』はどれほど短いか

 

「菊谷隆太・善知識講師又は渡部隆史・善知識講師のお話を

         参考にして簡単に書かせていただきました」

 (詳しくお知りになりたいお方は「YouTube」でどうぞ)

 

 

 

《仏教》で良く出てくる

   億劫年から見たら    

    『人生がどれほど短いか・・・』 

  

ほんの一瞬” で

  『まばたき』にも満たない時間ですよ

           と 説かれています

 

そして、

 人間界にいる今、私達はこれ全てが、

  これだけが現実で他に『六道界』

   『極楽浄土』があるなんて事は

       全く想像も出来ないでしょ?

 

ですが、

 

 苦しいことだらけの『六道界』

   幸せな世界の『極楽浄土』もあるのです

 

 

  私達はその現実を知らないだけなのです 

 

   

          と、 説かれているのです

 

 

   『例え話』 

 

  私達が眠っているときに『夢』を見ますよね

   その『夢』の中でこれは『夢』だと分かりますか?

          自覚がありますか?

 

  その他の『現実』があることを分かりますか?

 

 その『夢』から目覚めて

  『現実』の自分の部屋にいる事が分かって

 はじめて、

    あ、今  夢を見ていたのか・・・と、気づくでしよ”

 

        それと同じです

 

 今は、今の世界しか知らないだけなのですよ

 

 

      と、説かれているのです

 

 

 

  話を戻します 

 

 その短い人間に生を受けた『今』

    苦しいことだらけの

 『迷いの世界の六道界』から『出離』して、

   幸せな世界極楽浄土》

   今、生まれ変われるチャンスなのです

 

 

 自殺は最もいけない愚かなことですよ   

          と、仏教では説いています  

 

 

死んで 又、人間に生まれ変わって 

  人生をやり直せるなんてことを思っていたら 

    それは、大きな間違いですよ

          と 説かれています

 

   (人間には生まれて来れません)

 

 

 

 『苦しいとき』

 

 若い皆さんが 今 苦しくて、

           死にたくなっても 

         その苦しみがいつまでも

                                      続くものではないのです

    

 『諸行無常』=この世の良いことも悪いことも

           全てのものがいつまでも

           同じ状態は続かないと言う意味です

 

 

  《仏教》では辛くても生きていく方法を 

            教えてくれていますから 

 

 正しい《仏教》を説く『善知識講師』のお方から  

  今、苦しくて悩んでいる方々に『仏法』を

    分かりやすく説いていますので

        「YouTube」で聞いてほしいです

 

 

 

 

何度も言いますが、

  「間違った仏法・悪知識」を聞いても何にもなりません

 

 

地球上でたったお一人の

 《仏様》《お釈迦様》が説いた

  《正しい仏法》を説く

    『善知識』のお方から聞いて下さい

 

 

   

   最後までご覧頂きありがとうございました

 

 

 

 

2026/06/25(木曜日)

 

今日の福井は「雨」が降ったり止んだりの

          「梅雨空」になるそうです

 

   最高気温は昨日よりも2~3℃下がるそうです

 

 

 

 

それでは

 今日も勉強中の「仏教」を少し

 

   『自殺』はダメなことですか? 

 

「菊谷隆太・善知識講師又は渡部隆史・善知識講師のお話を

           参考にして簡単に書かせて頂きました」

 (詳しくお知りになりたいお方は「YouTube」でどうぞ)

 

 

 今日は

   『自殺』 について《仏教》では

                どう説いているのか?

 

 

 

 

 《仏教》 で 

  『自殺』 は絶対してはダメ!

         とは、説いていません

 

 

《仏教》では折角『人間界』に

 今、生まれて来れたのだから

   『自殺』する事は愚かなことですよ

              と、説きます

 

 

 

この世の全ての事は

『諸行無常』

   (しょぎょうむじょう)

 

    良いことも悪いことも、

     いつまでもは

        続かないと言う意味です

 

 

 今、生きるのがとても辛くて耐えられなくても

  良いことも悪いことも同じ状態が

   いつまでもはつずかないと、

          《仏教》では説きます

 

 

たとえば、環境を変えてみるとか、

 相談ダイヤルで話を聞いてもらうとか

誰かに話すことでも少しは楽になれるかも分かりません

 

   将来、生きていて良かった!

  と、思える日が来るかも分かりません

 

 

一番大切なことは    

  今『人間界』に 

    生まれてこれたと言う事です 

 

『人間界』に生まれると云うことは  

     とても希なことだそうです 

 

 

そして、

《極楽浄土》へ往けるのは

人間界』からしか行けないそうですから

  今が《極楽往生》出来る

                                          チャンスなのですよ

 

 

 

 死ねば皆《極楽》へ行き

          仏になれるは 大間違い” です

 

 念仏を唱えていさえすれば

   《極楽》へいけるも大間違い” です

 

    

 

   それは「悪知識」です

          (間違った教え)

 

    (何を信じるか、 信じないかは自由ですが・・・)

 

       誰にも分かりません

       命尽きたときにハッキリします

 

       その時ではもう遅いですが

       

                             

    最後までご覧頂きありがとうございました

         

2026/06/24(水曜日)

 

今日の福井は「晴れ」時々「曇り」で

   最高気温が27℃と蒸し暑くなるそうです

 

  嶺南地方は「夜」は雨になるかもの予報です

 

 

 

それでは

  今日も勉強中の「仏教」を少し

 

 『独りボッチで幸せになる』 仏教の教え

「菊谷隆太・善知識講師のお話を参考にして 

                簡単に書かせて頂きました」

  (詳しくお知りになりたいお方は「YouTube」でどうぞ)

 

 

 

 私達、人間は毎日生きていく上で

   『 職場』でも『学校』でも

   『友だち』が出来なかったらどうしょう

 

 

 ○「友達の事」でプレッシャーを感じて苦しんでいる

 

 

 一人でいると周りと浮き出ていて

  浮くのが嫌で周りと歩調を合わせて

    付き合いたくない人でも 

     自分を殺してでも付き合っています

 

       と、いう人もいると 説かれます

 

 

 

『友人がいないのは不幸だという価値観』

 

  人間には名誉欲』があるので、

 

    ○ 人から無視されたくない

    ○ 人から軽く見られたくない

    ○ 人から大切にされたい

    ○ 人からリスペクトされたい

 

これが私達人間の煩悩』だと

    《正しい仏教》 で説かれています      

 

 

 

 

 

ハーバード大学でも

  人間にとって幸福になるのには何が必要かと

          研究したそうです

 

地位、お金、

   容姿とか色々な要素を研究した結果

 

 

 

 *最も私達に関係のあるものは         

        『人間関係』だったそうです     

 

 

 

 

だから

 人間関係が豊かでないと幸せではないんだ

          と、思う人が多いそうです

 

 

 

 

ですが、

 

《仏教の教え》では

友人というのは別に目の前に居る人でなくても      

 何処か他の所で友達が出来れば

     良いのですよ と 説きます

 

 

 ○職場や学校で居なかったら そこでは一人でもいいのです

 ○この国で友達がいないならそれでもいいのです     

 

 

《仏教》における幸せというのは                          

 友達が近くに居なければならないという       

  幸せではないのですよ と 説かれます  

 

 

   それでは、

 

     今日はここまでです

 

   最後までご覧頂きありがとうございました

2026/06/23(火曜日)

 

今日の福井は

 「晴れたり曇ったり」最高気温が26℃と

       昨日よりも3~4℃高くなるそうです

 

 

それでは、

  今日も勉強中の「仏教」を少し、

 

「菊谷隆太・善知識講師のお話を参考にして

                 簡単に書かせて頂きます」

 (詳しくお知りになりたいお方は「YouTube」でどうぞ)

 

 

  『人生最大の苦しみは・・・』  

 

  私達は、

    一生の間に多くの人と

           『死別』します

  中でも大切な人との死別

   親、兄弟、子供、パートナー、

 

 そういう大切な人を亡くすという

           経験もあります

 

 

 愛する人、

  大切な人との別離というのは

   これ以上の苦しみはない

   と 《仏教》でも説かれています

 

 

  

いつまでも一緒にいたい人とも

 永遠の別れをしなければならない

        という時があります

              

その時は最も切実な苦しみであり

        凄く辛いものです

 

 

 

 

《仏教》でも

  人間の苦しみの中で

 『愛する愛しい人』との別れが

   もっとも

 切実な苦しみであると言われています

 

 

 

私達には

   8苦(はっく)と言って

  どんな人にも8つの苦しみがある 

   と、《仏教》で教えられているのです

 

 

その中でも もっとも苦しいのが

『愛別離苦』(あいべつりく)

   といわれる 愛しい人との別れ

   この苦しみ以上のものはない 

        と、説かれています

 

      ○ 愛する人

      ○ 大切な人

      ○ いつまでも一緒にいたい人

 

 

それでも、

  私たちはいつかはその人達とも

 永遠の別れをしなければならない

        時があるのです

 

その時の苦しみ、辛さは

 耐え難い苦しみである と

   《仏教》でも説かれているのです

 

 

 

 

 《親鸞聖人》 

 《法然上人との別れの時》

 

 

 会者定離

 

  ありとはかねて聞きしかど

 

   昨日 今日とは思わざりけり

 

 

 

   『会者定離』(えしゃじょうり)

 出会った以上はいつかは別れがあるものと

   覚悟はしていた事ではあるけれども

    まさかこんなに早く別れが来るなんて

         あまりにも、 あまりにも早過ぎます

  

  それが今 今日とは

       と、

    《親鸞聖人》が泣き崩れたそうです

 

 

 

  そういう別れがあることを

   分ってはいたつもりだったけれども

    いざその時が来たならば・・・

 

 それが今とは

   我が身に突然来ると 

    辛くて どうしょうもなくなるのです

 

 

 

 

 

  『小林一茶』

「幼い長女を病で亡くしたとき」

 

  露の世は 

 

   露の世ながら

 

      さりながら

 

 

この世は、

   朝露のように儚いものだと

          仏教で教えられています

 

  

『一茶』も

 当然、自分の娘も

『朝露』のようにはかなく消えていくという事もある

    と、 覚悟しなければならないとは  

          思っていたけれども 

 

      そうは言いながら 

       そうは言いながら・・・

 

     なんとも言えない気持ちです

 

 

この世のものは、お金も名誉も権力も

 朝露ように全てがはかないものと分ってはいるが

 

  それにしても それにしても・・・

 

  今度ばかりは どうしょうもない・・・

 

 愛娘を病気で亡くしたときの辛い気持ちで

  『一茶』があまりの悲しさに読んだ俳句だそうです

 

 

 

 

 どんな人にも乗り越えられない

   生き別れや、死別の

  そういう悲しみや苦しみが

     人生には何度かあるのです

 

 

そんなとき、

 

 正しい《仏教》を説く『善知識』のお方の

          お話を『真剣』に聞いて下さい

 

      少し楽になりますから

 

 

   最後までご覧頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

それでは、

 

   今日も勉強中の「仏教」を少し

 

「菊谷隆太・善知識講師又は渡部隆史・善知識講師のお話を

         参考にして簡単に書かせていただきました」

 

  『正しい信心』とは・・・ 

 

『浄土真宗』の

《お経》を少しご存じのお方でしたら、

 

 聞き覚えがある《お経》と、

         思いますが・・・

 

 

 

 

  『正信偈』 の最後の方で

 

 【親鸞聖人の呼び掛け】

 

【道俗時衆共同心】

   どうぞく じしゅう  ぐどうしん

   ⇩ ⇩    ⇩     

  僧侶 俗人  その時   ともに親鸞と同じ『正しい信心』   

    門徒      その時、     同じ心になっていただきたい         

   (ごもんと)  ご縁があって  そして、間違いなく弥陀の浄土に

       集まられた皆さん  生まれる身になって頂きたい    

                 この世ではっきりしますから    

               どうぞその身になって頂きたい  

 

          (意味は)  

 

         と、仰っているそうです

 

 

 

 

 

《親鸞聖人》

 『信心』 とは

【阿弥陀仏様】から

           《賜る心》 なんだ

 

 自分の心で起こせるものではないのだ

 

   これが《まことの心》なんだ

 

 

 

 

 

《蓮如上人》

  『信心』という二文字をば

    『まことの心』と読めるなり

   『まことの心』と読む上は

     凡夫自力の迷信にあらず 

         まったく《仏》の《仏心》なり

 

 

    

      最後までご覧頂きありがとうございました

 

2026/06/22(月曜日)

 

今日の福井は曇り時々「雨」の予報

   蒸し蒸しジメジメの「梅雨」本番に入りました

 

 

 

それでは

   今日も勉強中の『仏教』を少し

 

 《親鸞聖人》の御心 

 

「菊谷隆太・善知識講師又は渡部隆史・善知識講師のお話を

           参考にして簡単に書かせていただきました」

  (詳しくお知りになりたいお方は「YouTube」でどうぞ)

 

 

 《親鸞聖人》の御心 

 

 

              『歎異抄』

 

    いずれの行も 

    

     及び難き身なれば  

 

     とても地獄は一定 

 

         すみかぞかし  

 

 

   ひとつの善もできない親鸞

    地獄より他に行き場のない親鸞であった

 

 

     一つの善もできない人間が

   地獄に沈んでいる先祖を救えるなどと思っているのは

    わが見知らずも甚だしいということ

 

 

 

       小慈小悲もなき身にて 

   

               有情利益は  

 

       おもうまじ  

 

 

 

        この親鸞は小さな慈悲のかけらもない

          人を救おうとか、

               人を助けようという心はみじんもない

 

  先祖のためにはまったく意味がないからである

            『後生は一大事』だから

                          やっても意味がない

 

 

 

 

    呼吸の頃すなわちこれ衆生なり

 

         一たび人身を失いぬれば

  

                 万劫にも復らず

 

    この時悟らざれば         

 

     仏、衆生を如何したまわん     

 

      願わくは深く無情を念じて    

   

       徒に後悔をのこすことなかれ

 

 

     一度この人間としての体を失ったならば、

     何億年×何億年、何兆年×何兆年かかっても

             又、人間に戻ることはないのだ

 

    だからこの時、今、

    生きているときに魂の解決をしなければ

     仏さまといってもどうすることも出来ない

        願わくは深く無情を念じて

                          後悔を残してはなりませんよ

 

    地獄に落ちているものは         

    【阿弥陀様】でもどうすることも出来ないのだ

      まして私たちの力で先祖を救おうとか  

       先祖の苦しみを和らげることなど   

                          絶対に出来ないことなのだ   

 

 

だから、

 

        先祖供養すれば

            先祖が浮かばれるとか  

  幸福になれると思っているのは     

 まったく《仏教》のことを分かっていない

 

          と、仰っているそうです

 

 

 

   最後までご覧頂きありがとうございました

 

  それでは

    今週もどうぞよろしくお願い致します

2026/06/20(土曜日)

 

今日の福井は「雨」になりました

              最高気温も25℃の予報です

 

 今日あたり福井も「梅雨入り」になるかも?

                  の予報

 

 

それでは

  今日も勉強中の「仏教」を少し

 

今日は《親鸞聖人》が説かれた

    『自力を捨てよ』  から

 

「菊谷隆太・善知識講師又は渡部隆史・善知識講師のお話を

          参考にして簡単に書かせて頂きました」

 (詳しくお知りになりたいお方は「YouTube」でどうぞ)

 

  

            『自力を捨てよ』 

 

 自力を捨てる=『捨自帰他』

    自力が捨ったときに他力が入る

 

 他力=阿弥陀仏の本願の力のこと

 

 

 

《親鸞聖人》の仰る

 自力とは=自分の力のことではないのです

         疑いの心のことです

 

 

  ○自力を捨てなかったら

       本当の幸せになれませんよ

         と 仰っています

 

 

    流転輪廻の際なきは

     

      疑情のさわりにしくぞなき

 

 

   ○流転輪廻=同じところをいつ迄も

          グルグル回っていること

 

   ○疑情= 疑いの心、

         阿弥陀様の本願を疑う心(自力)

 

    

  本願=老少善悪の人を選ばず

       どんな人をも必ず助ける

      絶対崩れない幸せにしてみせる

 

 

      ガチッと一念でおさめとって

        もう捨てられることのない

          絶対に捨てられる事のない幸せ

 

  たとえ、

    老いや病いや死がきても見捨てられることのない

          安心満足 絶対の幸福

 

 

  私達が幸せになれないのは『疑情』

     これひとつがさわりになっている

       これだけがさわりになっているのですよ

         と 仰っているのです

 

  ○しくぞなき=たったひとつのこれだけが

 

  ○苦しみの根源は

    『疑情』これがたったひとつの原因である

 

 

 

 これを教える人が

  本当の正しい先生(知識)である

    (善知識=真の「仏教」を説く先生の事)

 

                  と、仰っています

 

 

 

 ですが、

 

《親鸞聖人》

  真の《仏教》を説く人は 

   9割9分9厘(99,9%)居ない  

         と、仰ったそうです

 

  (親鸞聖人の時代からでも居なかったそうです)

 

 

   最後までご覧頂きありがとうございました

 

 

   今週も1週間関わって下さった全ての皆様

           ありがとうございました!!

 

    明日は日曜・定休日でございます

 

   1日ブログと店を休ませていただきます

 

   来週もどうぞよろしくお願い致します。

             

2026/06/19(金曜日)

 

今日の福井は1日中「晴」で

   最高気温が31℃と暑くなるそうです

    

     紫外線・熱中症にご注意を!

 

 

それでは 今日も勉強中の「仏教」を少し

 

   『盲亀の浮木』 (もうきのふぼく)

 

菊谷隆太・善知識講師又は渡部隆史・善知識講師のお話を

        参考にして簡単に書かせていただきました」

 (詳しくお知りになりたいお方は「YouTube」でどうぞ)

 

 

  滅多に「人間界」に生まれて来れない

     難しさを『仏教』での例えがあります

 

    それは、

 

                   『盲亀の浮木』   

 

 

 大海の底に『盲目』の『亀』がいました

 

 その亀は1年に一度だけ海面に浮いてきて

    海面上に『顔』を出すそうです

 

そして、

 海面上には真ん中に拳が入るくらいの

  『穴』があいた棒切れが一つ

   波と風に任せて広い海を

    あっちにフラフラ

   こっちにフラフラ漂っています

 

 

そこに、

 1年に一度海面上に『顔』を出した

  『亀』の頭がその『棒切れの穴』に

       入ることがあると思うか?

   と、

 《お釈迦様》

   側にいた『弟子』に

         お尋ねになりました

 

『弟子』は

  いいえ”《お釈迦様》

   そのような事は考えられません

          と、答えると・・・

 

《お釈迦様》

     絶対ないと言いきれるか?

 

  『弟子』が

    絶対とは・・・

 

 

 

《お釈迦様》

          そうだろう

 

 だが、

  人間に生まれてくるということは

    それ以上に希で難しい事なんだよ

 

    と、弟子に教えられたそうです

 

 

 

 

 

 その滅多に生まれて来れない『人間界』に

   今、私達は生まれて来れたのです

 

 『人間界』からしか

   《極楽浄土》には往けないそうです

 

 そして、

  只、《念仏》を称えていさえすれば

         往けるのではありません

 

《信心決定》しなければ

   『浄土』へは往けないのです

 

 

 

 《信心決定》するには

  『正しい仏教』を説く

        『善知識』のお方から

   『真剣』に『聴聞』して

    何の疑いもなくなり

【阿弥陀仏様】に救われたときが

  《他力の信心》が決定したときです

 

 

  『自力の信心』の間は

     《浄土》へは往けないのです

 

 

 

     それでは

    今日も最後までご覧頂きありがとうございました。

2026/06/18(木曜日)

 

今日も福井は南の風 のち北の風で

 晴れたり曇ったり 夜には所により「雷雨」

   最高気温は30℃ で 熱中症にもご注意を!

 

 福井は土曜日頃から「梅雨入り」かも? の予報です

 

 

 それでは、

   今日も勉強中の仏教を少し

 

  私達が『死んだらどうなる?』 

「菊谷隆太・善知識講師又は渡部隆史・善知識講師のお話を

        参考にして簡単に書かせていただきました」

 (詳しくお知りになりたいお方は「YouTube」でどうぞ)

 

 

 今から約2,500年前、

  インド北部を治めていたシャカ族の

   王子様として生まれた

《シッダールタ太子》=《お釈迦様》

 

 

 

 私たち人間が

  『死んだらどうなるのか?』は

     厳粛な大問題だ”

 

 『死』をこえる境地こそ       

    人間の真に求めるものでないか?

 

 

 これに気付かれて

 なに不自由なく暮らせていたのに

  《お釈迦様》は出家をされて

     山奥深く入られたそうです

 

そして

《お釈迦様》地球でただ御一人の

     《仏様》 になられたそうです

 

 

 

 『正しい仏教』では

   全ての人間は形を変えて生きつずけるが 

    『業』によって報いを受けて      

      万物は『六道輪廻』している 

 

 

『輪廻』の世界は『迷いの世界』で

   私達が死んだら『因縁』が離れて  

      『私』というものは消滅するが

 

 『私』は次も『因縁』そろって   

  『形』を変えて大きく分けて『六道界』の中の

 (地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)

          どこかに生まれるそうです 

 

 

 その

  『輪廻』が限りなく繰り返されるのです

 

 

 その迷いの世界の『六道輪廻』から

       抜け出して《仏》になる  

 

 

   これが《仏教》の目的である”  

         と、説いているのです

 

 

 

   今日も最後までご覧いただき

          ありがとうございました!

2026/06/17(水曜日)

 

今日の福井は日中は「晴」の予報ですが

    湿度が高く蒸し暑くなるそうです

         最高気温も31℃の予報です

 

      どうぞ ご注意を!!

 

 

それでは

 今日も勉強中の「仏教」のことを少し書かせて頂きます

 

『仏教は死んだ人のためにあるのではない』

 

「菊谷隆太・善知識講師又は渡部隆史・善知識講師のお話を

            参考に簡単に書かせて頂きました」

   (詳しくお知りになりたいお方は「YouTubeでどうぞ)

 

 

 皆さんは『仏教』は死んだ人の」

        『供養』のためにある

 

    と、 思っていませんか?

    (私も今迄、そういう風に信じてきました)

 

 

 

 

『故人』には、

 

『お経』『法事』

  そして、『葬儀』『お墓』

    『法名』も全ては

 

 『故人』『極楽往生』して欲しいから

   あの世でも淋しくないように

    幸せになって欲しいから と

 

  精一杯お金をかけて行いますよね?

 

 

 

ですが、

 

 『正しい仏教』 では

   そういった事をしなさいとは

       一切説いてはいないのです

 

  

『正しい仏教』では

 『この世に生きている私達のため』

 

 生きている私達を今、幸せにするため』

      に、あるのだと説いているのです

 

 

 

 

ですが

 遺族としては、『仏教・お経』

   『故人』を弔うため、

 『成仏』して貰うためにあるのだと、

     今迄ずっとそう思ってきました

 

 

 

 

 

 立派なお墓を建てる事も

  盛大な『葬儀』をする事も

   立派な『法名』を頂く事も

 

 

『追善供養』をする事も・・・

 

  すべては『「故人』のために”

 

       と、 今迄思っていました

 

 

 

ですが

 

『正しい仏教』では

  そういった事をしなさいとは 

      一切説いていないそうです

 

 

《正しい仏教》では

   いくら盛大な『仏事』を行なおうが 

         いつまでも『年忌法要』をしようが

 

 それで『故人』が幸せになったり

       喜んだりするものではない

       (浮かばれるものではない)

         と、説いているのです

 

 

 

 

『故人』はこの世での行い『業』(種まき)

   重さの報いによって

    『来世』(六道界の迷いの世界)の 

      どこへ行くのかが決まるのだ

 

      と、説いているのです

 

   そして、

 

     命尽きたときには そこには遺体があるだけで

              直ぐに次の世界(六道界)へ行ってしまうそうです

 

            49日間迷っているのでもなければ

                   お墓の中で眠ってもいないし

                   『お盆』に帰ってくる事もないそうです

 

 

 

     今日も

         最後までご覧いただきありがとうございました。