「田中さんはシェリー・ブレンドを飲んだ時、どんな表情になりましたか?」
「あ、えっと、たしかに笑顔になりました。自分の進むべき道が見えたって、そんな感じがしたもので」
「そこなんです、私が目指しているのは。このお店を出るときには、みんなが笑顔になっていること。そのために私は今の仕事をしているんです。というよりも、こういう仕事がしたくて今の仕事をしている、と言ったほうが正解でしょう」
「みんなを笑顔にする…じゃぁ、マスターの仕事はコーヒーを淹れることではなく、皆んなを笑顔にすることなんですか?」
「はい、その通りです。コーヒーを淹れるのは手段でしかありません。以前、ルポライターをやっていた頃も心の奥ではそうしたかったはずなんです。私が書いたものでみんなが笑顔になれる、そんな記事を書きたかった。けれど、気がつけば生活をするために記事を書いていました」
「生活をするために…」
歩はここで考えることがあったようだ。腕組みをして何やら考え始めた。マスターはその様子を、黙ってじっと見つめている。
「じゃぁ、ボクは何のために独立をしようとしているんだ?」
しばらくしてから、歩はボソリとその言葉をつぶやいた。
〜おしらせ〜
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