「もしよろしければ、一度シェリー・ブレンドを淹れてみませんか?」
「えっ、いいんですか?」
マスターの申し出に、私は心躍った。これは私自身を試されていると思ったからだ。
「では、カウンターの中へどうぞ」
そう促されて、カウンターの中へと足を踏み入れた。こういう場所は、喫茶店のマスターは聖地にしていると私は思っている。普段は絶対に他人には足を踏み入れさせないものだ。けれど、ここのマスターはその聖地に私を誘導した。その瞬間、私は神の領域に一歩近づいた感じを受けた。
カウンターの中に入ると、ビシッと整理整頓されたコーヒーの道具が並んでいる。ドリッパーは陶器でできている。フィルターは布製のネルを使っている。ドリップボトルは使い込まれた、銀色のステンレス製。空の状態で手にしてみると、とてもしっくりとくる。
「お湯はこちらのヤカンのものをお使い下さい」
ヤカンにはすでにお湯が入っている。問題は抽出温度だ。高すぎず低すぎず、正確を期すためには温度計が欲しいところだが、さすがにそれは置いていないようだ。ここは勘でいくしかない。
おそらく少し冷めているであろうお湯を再び温めるために、電気コンロのスイッチを入れる。