第97話 握る手、離す手 その19 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「育美さん、何かにとても執着されている。これは先日シェリー・ブレンドを飲んだ時にわかったことですよね。そしてそれが手放せなくて前に進めない。そんな状況ではありませんか?」

 

 まさにその通りだ。私は黙って首を縦に振った。

 

「先ほど、色を選ぶ際にもそれが出ていました。自分の思いに執着しすぎて、次のことができなくなっている。もしよろしければ、どんなことに今執着しているのか、それをお話いただけないでしょうか」

 

 そうだった、今日はこのことをマイさんに話そうと思ってやっていたんだった。

 

「実は私、十五年前に息子を亡くしました。まだ二歳だったんです」

 

 そう話した時に、またあの光景が頭のなかに蘇ってきた。私が手を離した、その隙に息子は通りの向こう側にいた夫の方に向かって走り出した。そしてダンプカーに轢かれてしまった。

 

 思い出しながらそのことをぽつりぽつりと口にする。そして涙が出てくる。

 

「私は未だにあのときのことを後悔しています。どうして手を離してしまったのだろうか。私が手を離しさえしなければ、息子は今も元気なはずなのに。十五年間、ずっと後悔しています」

 

「そうだったのですね。それが執着されていたことだったのですね」