私はどうして今まで、仕事の約束ばかり優先してきたのだろう。家族との小さな約束、これをどうして守ろうとしなかったのだろう。今思うと不思議なくらいだ。
「では今日はあがります。お疲れ様でした」
「あれ、谷川さんめずらしいっすね。定時あがりだなんて滅多にないことですよ。こりゃ明日は雪が降るぞ」
「ハハハ、そいつは困るなぁ。じゃ、お先に」
同僚にからかわれながらも、まだ日が落ちる前に会社を出る。ホント、こんなに早く帰るのはいつ以来だろう。ちょっと心がウキウキしている。
「ただいまー」
「おかえりなさい。ご飯、もう少しだから待っててね」
帰ってくると、妻もご機嫌のようだ。平日の夜に一家で食事ができるなんて、今まで考えもしなかった。いつも私だけが後から食べていたからなぁ。
ふと目をやると、娘がリビングで勉強をしている。そういえばリビング学習なんてのが流行ってるんだったな。娘のそんな姿は初めて見る。どうやら算数で悩んでいるようだ。
「ねぇ、お母さん、ここ教えてよ」
「ダーメ、今忙しいの。あ、お父さん見てあげてよ」
なんと、私に娘の宿題を見るという大役を仰せつかったではないか。娘の方が私を拒否するんじゃないのか?