第94話 小さな約束 その25 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 私はどうして今まで、仕事の約束ばかり優先してきたのだろう。家族との小さな約束、これをどうして守ろうとしなかったのだろう。今思うと不思議なくらいだ。

 

「では今日はあがります。お疲れ様でした」

 

「あれ、谷川さんめずらしいっすね。定時あがりだなんて滅多にないことですよ。こりゃ明日は雪が降るぞ」

 

「ハハハ、そいつは困るなぁ。じゃ、お先に」

 

 同僚にからかわれながらも、まだ日が落ちる前に会社を出る。ホント、こんなに早く帰るのはいつ以来だろう。ちょっと心がウキウキしている。

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい。ご飯、もう少しだから待っててね」

 

 帰ってくると、妻もご機嫌のようだ。平日の夜に一家で食事ができるなんて、今まで考えもしなかった。いつも私だけが後から食べていたからなぁ。

 

 ふと目をやると、娘がリビングで勉強をしている。そういえばリビング学習なんてのが流行ってるんだったな。娘のそんな姿は初めて見る。どうやら算数で悩んでいるようだ。

 

「ねぇ、お母さん、ここ教えてよ」

 

「ダーメ、今忙しいの。あ、お父さん見てあげてよ」

 

 なんと、私に娘の宿題を見るという大役を仰せつかったではないか。娘の方が私を拒否するんじゃないのか?