「ほら、犬だよ」
「わぁ」
さっきまで泣いていた女の子はどこへやら。目を輝かせて私がつくった風船の犬を大事そうに抱えて眺めている。
「あー、ぼくもあれ欲しい」
そばを通りかかった一人の男の子が指をさしてそう言う。男の子のお母さんは先を急ごうと手を引っ張るけれど、男の子の目線は風船の犬に釘付け。
「ちょっとまってて」
私は急いでもう一つ風船を取り出し、今度はきりんをつくった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
男の子は目をキラキラさせながら私のつくったきりんを受け取る。お母さんは申し訳なさそうな顔をしていたが、私は満足感があふれている。
「ねぇ、他にも作れるの?」
今度は小学生くらいの女の子二人組が私にそう言ってきた。
「そうねぇ…じゃぁちょっと待ってて」
また風船を取り出し、今度は花を作ってみせる。
「はい、どうぞ」
「すごーい」
同時に拍手が起こる。気がついたら私のまわりには人だかりができていた。あちらこちらからリクエストが飛び出す。しまったなぁ、手元の風船はもう残りわずか。
あれ、そういえばあの迷子の女の子は…ふと見ると、人だかりができたおかげでどうやら女の子のお母さんもそこに来たらしい。風船を抱えた女の子を抱っこしている。
よかった、安心した。しかしこの事態をどう収集させようかな。そこでひとつアイデアが閃いた。
「みなさーん、これから毎週日曜日の午後に、ここでバルーンミニフェスタを開催します。ぜひおこしくださーい」
言っちゃった。思いつきでこんなことを口にしちゃった。お店に許可もとっていないのに。けれど集まった人たちはとても楽しみにしているみたい。私は早速その足でショッピングセンターの事務所へと足を運んだ。そしてバルーンミニフェスタの構想を必死で説明。
「そうですね…」
突然の申し出にもかかわらず、担当さんはしっかりと考えてくれている。
「ショッピングモールの真ん中にふれあい広場があるのは御存知ですか?」
「はい、知っています」
「そこは文字通り、いろんな方々がふれあえるようなスペースになっています。イベントやミニコンサートなどもやっています。来週の日曜日は特にイベントは入っていませんから。活用されてもいいですよ」
「あ、ありがとうございます!」
よし、これでバルーンミニフェスタをやることが決まった。夢の第一歩を踏み出せた。帰って早速主人とゆうちゃんに報告。
「すごいじゃないか。よし、早速どんなことをするか考えよう」
主人はすごい乗り気。ゆうちゃんもとても喜んでくれている。けれど、これで収益を得ることはできない。だって、風船はうちがすべて持ち出しになっちゃうから。
「いいの、それでも?」
主人にあらためて相談してみた。
「いいんだよ。確かに今は事業としてはまだまだ黒字を出すまでに至っていないけれど。でもね、ある人から聞いたんだ。まずはこちらから与えることが大事だって」
「与えること?」
「そう、だからあゆみは風船で人に笑顔を与えていく。それはいつしか必ず自分のところに戻ってくるから」
あの主人がこんなことを言うなんて、今まで信じられなかった。だからこそこの言葉には重みがある。よし、今はそれを信じて一歩を踏み出してみよう。
そして日曜日。いよいよバルーンミニフェスタのスタートだ。
開店前にステージの準備。衣装もピエロ風に着替えて準備OK。あとはお客さんを待つだけ。
胸がドキドキする。こんな人前で披露するなんて初めてだから。
そしてお店が開店。人が増えてくる。
よしやるぞ。私は意を決して、多くの人の前で第一声をあげた。
「風船ファンタジーへようこそ!」
ここからはじまる笑顔と夢の風船の世界。これが私の伝説の始まりとなった。
<第69話 完>