第58話 長い夏休み その5 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「ねぇ、お父さんはこのお店知っていたの?」

「まぁな」

「じゃぁ、竜宮伝説は?」

 それについてはにこりと笑うだけで答えてくれなかった。どういうことだろう?

「知樹、今年はおじいちゃんのところに連れていけなくてゴメンな。おじいちゃん、しばらく入院することになったからなぁ」

 お父さん、今度は申し訳なさそうに僕にそう言ってくれる。そんな言い方をされると、逆に僕のほうが申し訳なく感じる。

「ところで知樹はどうして竜宮伝説の洞窟に行こうと思ったんだ?」

「うん、夢で見たんだ。龍が天に昇る洞窟の夢を。それを絵に書いたら、兄ちゃんがこれって竜宮伝説の洞窟だろうって。それでマスターのブログを見せてもらったんだ」

「夢で…そうか、導かれたのかなぁ」

 お父さん、なんだか意味有りげな言葉を言う。導かれたってどういうことだろう?

「はい、お待たせしました。知樹くん、飲んだら感想を聞かせてくれるかな?」

 僕は早速出されたコーヒーにミルクと砂糖を入れて飲んでみる。家ではインスタントしか飲まないから、こんな本格的なのは始めてだ。ゆっくりと熱くて苦い液体を口に流しこむ。

 おいしい。コーヒーをこんなにおいしいと思ったのは初めてだ。このとき、夏の香りがした。

 おじいちゃんのところに行って川で遊んだり虫取りをしたり。そして縁側でスイカを食べて昼寝をして。あの独特の夏の香り。うん、これが味わいたいんだよなぁ。

 けれど今年は味わえない。そう思った瞬間、今度は少し違う香りがした。

 まだ感じたことがない、けれどどこか懐かしい海の香り。まだ見たことがない新しいものを探しに行く。それが今回の竜宮伝説。そんな冒険もしてみたい。夏だからこそ、やってみたい。小学校最後の夏休みだからこそ。急にそんな気持が強くなってきた。

「どんな味がしたかな?」

 マスターの言葉でハッとした。あれ、今まで感じていたのは何だったんだろう?

「知樹、コーヒーとは違う別の味がして、何か感じたんじゃないか?」

 お父さんの言葉に僕は首を縦に振った。

「ははは、ちょっと不思議な感覚だったかな。このコーヒー、シェリー・ブレンドはその人が望むものの味がするんだよ。人によってはその光景が見えたりすることもあるんだ。知樹くんは何か見えたのかな?」

 僕は首を縦に振った。そして今感じたことを言葉にしてみた。

「夏の香りがしました」

「ほう、夏の香りか。知樹はなかなか詩人だな。もう少し詳しく教えてくれ」

 お父さんの言葉に、僕は促されるように今見た光景を言葉にした。

「川遊び、虫取り、縁側でスイカ。けれどそれはすぐに叶わないものだって感じて。すると今度は海の香り。そこは真っ暗な洞窟の中。けれど輝くような明るさがある。そのとき見たんだ。僕は龍が天に昇るところを…」

 僕はさっき見た映像を思い出しながら、いやさっきより鮮明に目の前に描きながら言葉をつづった。

「知樹くん、今年の夏はそれを見に行きたいんだね」

「はい、だから教えてください。あの竜宮伝説の洞窟がどこにあるのかを」

 マスターはにこりと笑って、一枚の紙をくれた。

「ここが竜宮伝説の洞窟の場所だ。知樹くん、自分で探してみるといい」

 手渡された紙。てっきり地図が書いてあるものと思ったけれど違った。そこにはこんな言葉が書いてあった。

『大いなる神

 海に鎮座する場

 その神を守る龍

 常に神のおられるところへと

 昇りたもう』

「えっ、これが場所ですか?」

 ちんぷんかんぷんだ。たったこれだけで探せ、というの?

 僕がキョトンとしていると、お父さんが一言。

「知樹、これがお前の夏休みの課題だ。一人で探してみろ」

「一人で探してみろって、どうやって?」

「それを夏休み中に考えればいいんだ」

 僕はマスターから手渡された、謎の文言が書かれている紙をじっと眺めた。けれど何も思い浮かばない。