第51話 日本一のドライバー その1 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 カッチ、カッチ、カッチ

 ウィンカーの音が車内に鳴り響く。目の前には手を挙げている人が。私はその人を目指して車を寄せる。そしてドアの開閉レバーを操作してその人を招き入れる。

「駅までお願いします」

 その人は車に乗り込むやいなや、行き先を告げるとバッグから手帳を取り出して何やら確認を始めた。

「お客様、よかったらキャンディーいかがですか?」

 私の声と渡されたキャンディーに少し驚いた様子。そして私は車を走らせる。

「お客様、最近何かいいことはありましたか?」

 目線は前だが、気持ちをお客様に向けてそう話しかける。

「えっ、いいことですか。いやぁ、そうだなぁ。強いて言えば、女性のタクシードライバーに当たったのがいいことかな」

 さっきまでせわしなかったお客様の目がちょっと笑っているのをミラー越しに確認できた。

 うん、今日もいい感じだ。それからお客様と少し話がはずむ。

 このお客様、東京から出張でここに来ているらしい。都内では女性のタクシードライバーは珍しいとか。仕事の都合で、急いで本社に戻らないといけなくなったらしいのだが、私との会話のお陰で、落ち着きを取り戻したと言ってくださった。

「ありがとう。お釣りはとっておいて」

「ありがとうございます。お気をつけていってらっしゃいませ」

 また一人お客様が元気を出してタクシーを降りていった。

 私のタクシードライバーのポリシー。それはお客様が元気になってもらうこと。私のタクシーに乗るとなぜか元気になるんだよね、なんて言ってくれるお客様を増やすのが私の夢だ。

 そう思えるようになったのは、いや思いたくなったのはごく最近。

 私には母親がいない。私が生まれたときに死んだそうだ。さらに私にはおじいちゃん、おばあちゃんもいない。父親の両親は早くに亡くなったとか。そのおかげで、老人というものをあまり知らずに生きてきた。

 結婚して夫のおじいちゃん、おばあちゃんを見るようになって初めてそういう方たちのエネルギーを感じることができるようになった。けれどそれも早くに終わりを告げた。おばあちゃんがガンで亡くなり、さらに追い打ちをかけるようにおじいちゃんもガンになり。その頃おじいちゃんとは別に住んでいたのだけれど、残り少ない人生を一緒に過ごそうということになった。釣りが好きだったおじいちゃんは、私の子どもを連れてよく釣りに出かけた。

 このとき、私の本音は「いつまでこんなことが続くんだろうなぁ」だった。私もやりたいことがあるのに、おじいちゃんの世話をいつまで続けるんだろう。その思いが伝わってしまったのだろうか。おじいちゃんの体調は日増しに悪くなり、そして帰らぬ人となってしまった。

 だが、おじいちゃんが死んでしまうまさに直前。ベッドの上でおじいちゃんは私の手を取りこう言ってくれた。

「今までありがとうなぁ」

 私は大したことはしていないのに。

 このとき流した涙。これが私の転機だった。

 こんな事しかできない私。でも、こんなことでも喜んでくれる人がいる。そして幸せを感じてくれる人がいる。ワクワクを感じてくれる人がいる。だったら私しかできないことをしよう。

 この頃、友達から誘われて心の仕事のインタビューをテープ起こしするという仕事をやらせてもらった。そのなかで、「自殺者3万人を救いたい、3年間で5000人診たけれど、一人では限られる、仲間を増やして、自殺者を減らしたい」という先生の話に心を動かされた。そこでNLPのセラピストの資格を取り、さらにソースという心のワクワクを引き出す技術のトレーナーの資格もとった。

 だがこれらだけでは自分の中のわくわくがおさまらなかった。そこで思いついたのがタクシードライバー。

 私は車の運転が好きで、よくあちらこちらにドライブに行ってはワクワクを感じていた。これも、ソースのトレーニングをやっていく上で明確になったところ。だから思い切ってタクシードライバーという仕事を始めてみた。