第46話 彼の手、私の手 その9 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 そうして夕方になり、私は足取りも軽く公園へと向かうことにした。が、ここでショッキングな出来事が。

「あ、雨…」

 突然の夕立。私は傘を持たずに出ていたので、立ち往生となってしまった。しまったなぁ、どうしよう。

 彼、来てるかな?

 しばしコンビニで雨宿り。雨は次第に激しさを増してくる。夕立だから、待っていれば過ぎていくとは思うけど。でも、私の気持ちは彼に向かっている。

 ふとみると、ビニール傘が売っている。

「これください」

 それが目に入るやいなや、迷わず買って、私は一目散に公園へと向かった。

 彼はいる。そのことを信じて。

 彼はいる。そのことを期待して。

 公園の人影はまばら。傘をさしている人、傘をささずに走って抜けようとしている人。立ち止まってじっとしている人はいない。

 彼、来ていないのか…

 でも、最初に彼を見たときは雨の中ずぶ濡れで走り回っている姿だったのを思い出した。

 大丈夫、彼は来る。だって約束したんだもん。

 私はあの木陰のベンチへと足を向けた。遠目には誰もいないベンチ。まだ来ていないだけ。

 そっか、突然の雨だからきっと傘を取りに帰ったに違いない。勝手にそう解釈する私。バカみたい、そう思いながらもベンチに到着。

 やっぱ来てないのかな。そう思ってベンチの前に回りこんだ瞬間。

「ばぁっ!」

「えっ!?」

 なんと、彼がベンチに横たわっているじゃない。大きな樹の下だから、それほど濡れないところとはいえ、まったく濡れない場所ではない。こんなところに隠れていただなんて。

「やくそく、きたよ」

 彼はおどけた笑顔で私にそう言う。彼、ちゃんと約束を守ってくれたんだ。私を驚かそうとして、わざわざ隠れていたのかしら。

「ありがとう。約束、守ってくれたんだね」

 このとき、なぜだか涙があふれてきた。とめどなく感情が湧き出てくる。

 これはうれしさ? それとも驚き?

「あめ、ふってるね」

「うん、そうだね」

「ここ、すわる?」

 彼は体を起こし、私が座るスペースを空けてくれた。

 このとき気づいた。彼が横たわっていなかったベンチの部分は、座るにはどうかという程度濡れている。が、彼がいたところは当然だが全く濡れていない。もしかして…

「私のためにわざわざ濡れないようにしてくれてたの?」

「うん」

 彼は大きな返事をしてうなずいた。彼は脅かそうとして見えないように隠れていたわけではなく、私が来てもベンチに座れるように、濡れないために体を使ってくれていたんだ。

 私はそのベンチに腰掛ける。彼が隣にいる。そこで何をするわけでもない。二人で雨の中、肩を並べて景色を眺めている。それだけの関係。

 気がつくと、いつのまにか私は彼と手をつないでいた。

 つながる手と手。そこから温かみと安心が伝わってくる。

 私にとってはまだまだ謎の彼。けれど、今そばに居てくれるだけでとてもうれしい。

 恋愛とはちょっと違う感覚。だけど、できればずっとそばに居てくれるといいなって、そう思っている。

 だが、その時間は長くは続かなかった。それを中断させたのは、いつもの六時を知らせる音楽ではなかった。

「あの…」

 気がつくと、後ろに傘をさした一人の女性が立っていた。年齢は私より若いんじゃないかな。まだ幼さも残る感じだ。

「えっ、あ、はい」

 私は慌てて彼とつないだ手を振りほどいてその女性に向かった。

「あ、あや」

 彼がそう言う。あや? 一体どういう意味だろう。彼は言葉を続けた。

「あや、やくそくのひと」

 そう言って今度は彼は私の方を見た。

「そう、この人が約束の人なのね。初めまして、私、この人の妹です」

「妹さん…」

「はい。兄が今日は約束をしているからと言って、どうしても外に出ようとしていたからついてきたんです」