第39話 男のクリスマス その8 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「あまり高価なものをもらっちゃうと、申し訳なさが先になってしまうんですよね。この人にこれだけのものをもらったから、なにかお返しをしなきゃって。でも、マスターがくれたものはたわいのないものばかりだったよね。だから気軽に付き合えたんです」

「おいおい、あれでも結構悩んだんだぞ」

 マスターのツッコミに私が反応した。

「マスター、最初はどんなものをプレゼントしたんですか?」

「えっと、なんだったかなぁ」

 さすがに覚えてはいないか。

「あ、忘れてる~っ。まったく、いつも目にしてるのにね」

 マイさんが今度はマスターにツッコミを入れる。マスター、その言葉で思い出したようだ。

「そうだそうだ。これです、これ」

 マスターが指さしたのはマイさんの胸元。そこにはキラリと光る小さなペンダントがあった。

「私も女性へのアクセサリーのプレゼントなんて久しぶりでしたから。とにかく可愛らしくて女性らしいのがいいと思って。でも、正直なところそんなに高いものじゃないんです。ただ、真ん中のは天然石、いわゆるパワーストーンっていうものです」

 なるほど。そういうのだったら女の子は興味をもちそうだな。

「マスター、マイさん、ありがとうございます。あとはロマンチックな場所だなぁ」

「だったら市民の森公園で決まりですよ。あそこのイルミネーションはご存知でしょう?」

 確かに、市民の森公園のイルミネーションは有名だ。けれど、クリスマスイブの日だと人が多くて、ちょっと雰囲気に合わない。私がちょっと渋った顔をしたのを、マイさんが見逃さなかった。

「マスターもまだまだだなぁ。二人っきりになれるところがいいに決まってるでしょ。市民の森公園だったら人が多すぎるもんね。私ね、ちょっといいスポットを知っているわ。市民の森公園の近くに、森の詩って小さな喫茶店があるの。そこから市民の森公園のイルミネーションが見えるのよ」

「あ、あそこだったらいいね。二階から見下ろす形でイルミネーションが見えるはずだ。あそこのマスターなら友達ですから、だいたいの時間を言っておけば予約もできるんじゃないかな。あの店は穴場ですよ」

 なるほど、いい情報を得た。そのとき私の頭の中では、みらいと一緒に喫茶店で過ごす一場面が展開されていた。

「それにしても、クリスマスって男は演出に苦労しますね」

 みらいとのシーンをイメージしながらも、つい本音がポロリ。だがマスターはまた笑いながらこう言った。

「その苦労が幸せっていうものなんでしょうね。私もマイと出会うまでの数年間は一人でしたから。何も無いというのは楽ではありますが、今思えばつまらかったですね」

「そうよ、だから今年もいーっぱい苦労してね」

 マイさんはちょっと意地悪そうにマスターをつついた。でも、その光景が誰の目から見ても幸せを感じさせるものであるのは間違いなかった。私もそうなれるだろうか。不安を抱えつつも、カフェ・シェリーで見つけた私なりの幸せの道に思い切って踏み出してみることにした。



 そうして迎えたクリスマスイブ。一昨日までは冬とは思えない暖かさだったのだが、昨日から急に寒波が訪れて寒さを感じるようになった。

 待ち合わせの、最初にみらいと出会った大きなクリスマスツリーの下で、私は寒さを堪えながらみらいの訪れを待った。街を行き交う人の表情は、心なしかいつもよりも明るく見える。やはり今日がクリスマスイブだからだろうか。それとも、私の気持ちがそうだからだろうか。気がつくと期待をしている自分がいることに気づいた。この気持、何年ぶりだろう。

「久島さん、お待たせしました」

 みらいの登場。その姿は以前会ったときのスーツ姿ではない。今どきの女の子らしい、しかしどことなくホンワカとした感じの格好。本人はバッチリキメたつもりなのかもしれないが、どことなくあか抜けない田舎娘を感じさせる。私としてはその方が安心できていいのだが。

「今日はちょっといいところに連れていってあげよう」

「わぁ、楽しみ」

 そう言って私の腕にしがみついてくるみらい。それがとても可愛らしく感じる。

 マスターから紹介してくれた喫茶店、森の詩に到着。カフェ・シェリーも小さな喫茶店だったが、ここも同じくらい小さい。窓際の特等席は二テーブルしかない。そのうちの一つに「予約席」と札が置いてある。