第27話 アフタークリスマス その10 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「ハッピバースデートゥーユー」

 ろうそくの灯りに照らされながら河原さん歌いながら登場。えっ、なに?

 よく見ると、河原さんが両手にろうそくのついた何かを持っている。それが何かはもうわかった。ケーキだ。しかもかなり大きい。

「由紀恵、こっちに来い」

 私はそのケーキの前に立つ。

「由紀恵、今日はお前の誕生日でもあったよな。オレはケーキ職人だ。お前にはこんなことくらいしかしてあげられない。だが、この先できれば毎年一緒にお前とこの日をお祝いしたい。こんなオレだが、ついてきてくれないか」

 そのとたん、胸の奥から込み上げてくるものがあった。声にならない、熱い思い。河原さんを今まで恋愛の対象として見ることはなかった。パティシエの先輩として、師匠として教えを請うだけの立場だった。尊敬はしていた。でも、今の瞬間私の心は大きく変化した。

 この人だったら大丈夫。この人だったら私の願いも叶う。この人だったら一生ついていける。そしてこの人だったらずっと一緒にやっていける。そんな思いが次々と溢れ出てきた。そして涙も溢れている。

「由紀恵、今お前の気持ちを知りたい。OKならこのろうそくを吹き消してくれ。ダメなら正直に言ってくれ」

 私は溢れる涙を手でぬぐうのに精一杯。そしてやっと声を搾り出すことができた。

「ほんっと、河原さんって自分勝手なんだから。それに、今ろうそくを吹き消さないと、ろうが垂れちゃってケーキが台無しになるじゃない」

 私はここでようやく笑うことができた。笑いながら河原さんの顔を見る。河原さん、あらためて見るととてもかわいい顔してる。いつもは眉間にシワを寄せて、厳しい顔しか見ることができなかったけれど。よし、決めたっ。私は大きく息を吸い込み、そして…

「ふぅ~っっっ」

 たくさん並んだろうそくを一気に吹き消した。

 一瞬あたりが真っ暗になる。その途端、周りからの拍手とおめでとうの声。すぐに部屋の明かりがつく。目の前には顔をクシャクシャにして涙を流す河原さんの姿。初めて見た、この人が泣くのを。その顔を見たら、また私も泣けてきちゃった。

 いままで体験したことのない、最高のクリスマスイブ。この先、毎年こんな気持をこの人と味わうことができるんだ。サンタさん、こんなプレゼントをありがとう。私、クリスマスイブが大好きになれそう。

 私にとっては奇跡のクリスマスイブ。



 それから一年後経った今日。

「由紀恵さん、もうすぐだね」

「はい、ありがとうございます」

 私は大きくなったおなかで忙しく笑顔をふりまきながらクリスマスケーキを売っている。

「由紀恵ちゃん、そっちはまかせて中の方を手伝ってくれる?」

「はーい」

 お店には私の母も手伝いに来てくれている。

 ここは私の地元。私は念願の自分のケーキ屋を開くことができた。正確に言えば、私と旦那さん二人のお店。一年前、私と河原さんは婚約をした。その後、河原さんから私の地元で店を開きたいということを聞いた。河原さんほどの腕ならば、都会で有名店を開くことだってできるはずなのに。そしたら河原さん、こんなことを言ってくれた。

「オレの本当の夢は、町の小さなケーキ屋さんなんだ。神無月さんにあこがれはしたけれど、あんなふうに忙しくしてお店にもなかなか顔を出せないようにはなりたくない。お客さんとゆっくり触れ合える、そんなお店が開きたいんだ」

 私と思いが同じ。だから話はトントン拍子に進んだ。おかげでお腹の子もちょっとだけ早くできちゃったけど。

 今なら言える。私、クリスマス大好き。

 みんなのために、メリークリスマス!

<第27話 完>