第27話 アフタークリスマス その9 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 この業界、スーシェフまで勤めていないと転職するにも難しい。だからこそみんながこぞってその地位を奪いに行く。

「あぁ、オレの中では決まっている。それを今から発表する」

 緊張感が走る。でも私が選ばれることなんかないから。みんなの後ろで一人で周りの様子をうかがうことにした。中には拳を握りしめて河原さんをじっとにらむ人もいる。

「オレと一緒に来てもらいたいのは…」

 一瞬間が空く。そこで河原さんと目が合った。そのとき、河原さんは今までに職場では見たことのない笑顔を私に見せた。あ、カフェ・シェリーで見せたあのジョークを言ったときの河原さんの顔だ。それを思い出していたら、みんなの視線が急に私を向いた。

「えっ、なに?」

「おまえだよ、由紀恵。おまえに一緒に来てもらいたいんだよ」

 うそっ。私、昨日の河原さんの顔を思い出していたら肝心の言葉を聞き逃しちゃったんだ。でもホントに私なの?

 キョトンとする私の元へ、河原さんがゆっくりと歩いてきた。

「由紀恵、オレと一緒に来てくれないか」

 ようやく事態が把握出来た。つまり、私が河原さんに選ばれたってこと…だよね。

「だ、で、ど、どうして?」

 この言葉を吐くのがやっとだった。どうして私なの? 他にも優秀なスタッフはたくさんいるのに。すると神無月さんがやってきて、笑いながらこう言った。

「河原、もっと大事なことをはっきり言ってやったらどうなんだ? ったく、お前はケーキ作りに関しては器用なんだが、女のことになるとホント不器用なんだからなぁ」

「神無月さん、それは言わないで下さいよ」

 河原さんが照れ笑いしている。

「じゃぁあらためてハッキリ言うぞ。由紀恵、お前の夢は自分の地元でケーキ屋を開くことだったよな」

「はい」

「その夢、オレに手伝わせてくれないか。お前の夢をオレが叶えてやりたい。だから今回、神無月さんのところから独立することにした」

「だからぁ、そんな回りくどいこと言わねぇでさっさと肝心なことを言えっ!」

 神無月さんが河原さんの頭をどついた。

「いてっ。わかりました、ちゃんと言いますから。由紀恵…オレと、オレと…」

 ちょっ、ちょっと待って。いくらにぶちんの私でもさすがにわかったわよ。でも、こんなときに…。

「オレはずっとお前のことを見てた。お前が一人前になって、そして一緒にケーキ屋をずっとやっていくのがオレの願いだ。由紀恵、オレと一緒になってくれないかっ」

 河原さん、顔を真っ赤にしている。あの体育会系の人間がこんなふうになるなんて。なんだか急にかわいらしく見えた。

「あの…どうして、どうして私なんですか?」

 その質問の答は神無月さんがやってくれた。

「河原のヤツ、おまえがかわいくて仕方なかったんだよ。いい歳こいたOLさんがいきなりこの業界にきて、本気で自分の夢を叶えようとした。こいつはそこに心打たれたんだ。けどよ、何度もお前にアタックしようと思っても、つい技術指導の方が先になってな。口の方が先に出てしまって、肝心なことが言えなかったんだと。こいつ、これでもかなり悩んでたんだぞ」

 そんなこと、全く気がつかなかった。女性に不器用な河原さんに、そういったことに鈍い私。変なコンビだな。

「由紀恵さん、おめでとう」

 どこからともなくそんな声が。さらに拍手の音が鳴り出した。その音は次第に広がり、みんなが私と河原さんを祝福してくれた。

「河原、例のものを出せよ」

 神無月さんの言葉にうなずき、一旦奥へ引っ込む河原さん。なんだろう、そう思って待っていたら突然部屋の電気が消えた。一瞬あたりがざわめく。次の瞬間、現れたのは…