第27話 アフタークリスマス その6 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 そのとき、目の前がぱぁっと明るくなって、気がついたら現実に戻っていた。

「あ、あの…私…」

 今の世界が夢だったのか現実だったのか、なんだかぼんやりしてわからなくなった。

「なにか見えましたか?」

 マスターがにっこりと笑って微笑みながらそう言った。私が不思議そうな顔をすると、マスターはこんな解説をしてくれた。

「実はこのコーヒー、シェリー・ブレンドにはその人が欲しいと思っているものの味がするんです。さらに先ほど食べて頂いたクッキー。これとあわせると、人によっては自分が欲しいと思っているものの映像が見えることもあります」

 まさか、そう思った。が、確かに私が見たものはその通りだった。さっき見た光景。私は今まで誕生日をみんなから盛大に祝ってもらったことがない。それどころか当日は戦争。私ですら終わった後に誕生日がきたことを忘れてしまうほど。けれどやはり誕生日は祝って欲しい。あれっ、でもどうして誕生日ケーキを持ってきたのが河原さんなんだ? そんな願望、あるとは思えないんだけど。

「ケーキもよかったら召し上がってください」

 マイさんの声でまた我に返った。

「はい、ありがとうございます」

 見た目は素人っぽさが残るケーキ。それを口に入れる。

 あれっ、何この味? 口の中から何かがあふれ出る感じがする。なんだろう? あたりをキョロキョロしてみる。するとその感触がなんなのかがはっきりとわかった。私が感じたもの、それは目の前にいるマスターやマイさんの笑顔そのものだった。味と笑顔、これがどうしてつながるのかはわからない。けれどそこからにじみ出る愛情の感覚。それがとても共通していることに気づいた。

「あの…わたし…」

 何かを言おうとした。けれど何を言っていいのかわからない。言葉にならない自分の思い。けれど、それを察してくれたのかマスターがこう言ってくれた。

「河原のヤツから聞いています。佐倉さん、お誕生日がクリスマスイブなんですよね。そしてその日は全国のケーキ屋さんにとっては戦争のような日。だから今まで一度も誕生日を祝ってもらったことがない。だからクリスマスイブが嫌いだって」

 私、河原さんにそんな話をしたことあったかしら。でもマスターの言うとおり、私はクリスマスイブが嫌い。けれど本当は好きになりたい。さっき見た映像のように、みんなが私の誕生日を祝ってくれる。そして私もみんなに愛情のこもったケーキを…

「あ、そうか、そういうことなんだ」

 今はっきりとわかった。河原さんが言っていた、私に足りないものというのが。

「マスター、ありがとうございます。今わかったんです。私に足りないものというのが何なのか」

「それ、よかったら聞かせてもらおうか」

 えっ、何っ? 後ろを振り向くと、そこにいたのは河原さん。いつの間に…。

「おいおい、彼女を驚かすなよ。それに今日お前が来るなんて聞いてなかったぞ」

「そりゃそうだ、言ってなかったからな。それにコーヒーを飲みに来るのにわざわざお前に断らなきゃいけない義理はないからな。シェリー・ブレンド、頼むぞ。で由紀恵、何がわかったんだ?」

 突然の河原さんの登場に、まだ気持ちが動揺していた。黙り込んでいると、再び河原さんの声。

「おい、由紀恵、聞いてるのか?」

「あ、はい」

「で、何が足りないのかがわかったのか?」

「えっとですね、私に足りないもの、それはお客様への愛情です。本当においしいケーキを食べてもらいたい。その気持ちが足りていませんでした。私、形にこだわりすぎていました。きれいであれば、おいしそうに見えればそれでいいと思っていました」

 河原さんの目を見ると、催眠術にかかったように思っていた言葉が次々と飛び出してきた。自分でも、言いながら自分の思いが自覚していくのがよくわかった。