すると河原さん、また私をじっとにらむ。しばしの沈黙の後、業を煮やして言葉を出したのは私。
「あの…河原さんは私に何が足りないと言うんですか? デコレーションの技術なら負けていないと思うんです。ただ時間はかかるけど。それにさっき言った伝わるものがないっていう、この意味がよくわからないんです」
「わからない、か。こればかりはオレがおまえに教えるわけにはいかないんだよ。そうだな…」
そう言って河原さんはメモ帳を取り出し何かを書き出した。
「明日の休み、ここに行ってこい」
手渡されたメモ。そこには地図が書かれてあった。そして行き先は「CafeShelly」と書かれてある。
「オレの知り合いがやっている喫茶店だ。そこに行けばお前も何かに気づくだろう。さ、そろそろ行くとするか」
結局この日の二次会のカラオケは、私一人盛り上がることができずに終了。私をこんな状態に陥らせた河原さんは、十八番のアリスのチャンピオンを思いっきり熱唱してはいたが。解散してから再度河原さんは私にこう言った。
「明日、必ずカフェ・シェリーに行くんだぞ。わかったな」
半分は聞いたふりしようかと思ったけれど、あそこまで言われて行かなかったら後が怖いな。確か河原さんの友達がやっているって言ってたし。河原さんのことだから必ず後で確認をとるはずだ。仕方ない、明日は言うとおりにして行くとするか。
そして翌日、起きたのは十時過ぎ。ここまでゆっくり寝たのは久しぶりだな。ふと携帯を見るとメールが入ってる。誰だろう?
「由紀恵、必ずカフェ・シェリーに行くんだぞ」
河原さんだ。もう、しつこいんだから。ここまでやるなんて、絶対あの人彼女にふられるタイプだな。仕方ない、どうせやることないんだから行ってみるか。身支度をしてお昼には出かけることに。喫茶店だから食べるものもあるだろうし。河原さんからもらった地図を頼りにでかけてみた。よく考えたら、私この街に来てこんなにゆっくりと歩いたことなかったな。
「へぇ、こんな通りがあるんだ」
パステル色で明るく彩られた道。両脇にはブロックでできた花壇。道幅は車が一台通るほど狭いけれど、その分にぎやかさを感じさせる。私は通りにある雑貨屋やブティックをきょろきょろ見ながら、地図に書いてある喫茶店を探した。
「あ、ここの二階だ」
通りに喫茶店、カフェ・シェリーの黒板の看板を見つけた。二階に駆け上がりドアを開く。
カラン、コロン、カラン
心地よいカウベルの音とともに聞こえるいらっしゃいませの声。かわいらしい女性の声だ。ほとんど同時にカウンターから低くて渋い男性のいらっしゃいませの声も。
店内は驚くほど狭い。奥の窓際の席は四人がけ。真ん中に三人がけの丸テーブル。両方ともお昼時のせいかお客さんが座っている。
「こちらへどうぞ」
私が案内されたのはカウンター席。ここもすでに男性客が二人座って、残りの二席の端の方に座ることになった。見たところ何の変哲もない喫茶店。ここで私は何かに気づくことなんかできるんだろうか?
「あの、失礼ですが佐倉由紀恵さんですか?」
カウンターのマスターらしき人が私に話しかけてきた。
「えっ、どうして私の名前を?」
「いえ、河原に今日佐倉さんがいらっしゃるからよろしくと言われたもので」
河原さん、どこまで手回しがいいのよ。これじゃあの人から逃げられないなぁ。
「もしよろしければこちらを召し上がりませんか?」
マスターから紹介されたのは「シェリーランチ」。一日二十食限定となっている。内容はホットサンドとコーヒー、そしてデザートとなっている。
「このデザートってどういうものですか?」
「あ、それは私の妹がつくるケーキなんです。妹は前にケーキ屋をやっていてですね、それでお願いしているんですよ」