目を少し開くと、
デジタル時計があるのがみえた。
48……分……
で…何時だ……
カーテンの隙間から光が差し込んでいる。
朝なのか…いやもう昼なのかな…
まぶたを開こうとしても上半分が見えないし、見えている世界はピントが合わない。
今日は日曜日だし、まあいいか…
諦めて瞼を閉じた。
わたしはなぜ
こんなに職場の人に自分の気持ちを打ち明けられないのだろう。
というか、いつからこうなった?
考えたこともなかった。
思い返せば、社会人になって始めての職場は
みんないい人たちでわたしはよく愚痴をこぼしてたし、みんなも愚痴をわたしにこぼしていた。
それがいいかどうかはさておいて、わたしは愚痴を吐くことがこの地点ではできていた。
愚痴を吐くことすら怖くなったのは
おそらくその次の職場だったと思う。
わたしは都合で引っ越しをしなければならなくなり、この職場を去ることになった。
引越作業も落ち着き
そろそろ転職先を探そうとハローワークに駆けつけた。
適当に処遇がいい職場をみつけてそこに応募した。1日でもはやく職に就きたかったので見学すらしなかった。
面接はオンラインで行われた。想定していたことを聞かれたのでなんの苦でもなかったが、1つだけ困った質問があった。
「自宅はどのあたりですか」
この質問は予想外だった。
この地域の学校のことなんて知らないし、わかるのはこの地名だけなのだ。それをどのあたりと言われても、と困り果てた。
「引っ越ししてきたばかりでわかりません」
と素直に言った。
つまらない奴だと思われたかも知れない。でも正直ここで落ちてもわたしの受けようとしている業界は引く手数多。求人を募集しているところなんて他にいくつでもあるので正直ここで落ちてもよかった。
が、採用していただくこととなった。
これで職がようやく決まってほっとしていたのも束の間だった。
面接がオンラインということもあり、始めての出勤が始めてその職場に行く日になったわけだが、凍りつくような空気だったのを今でも覚えている。
挨拶をしても誰一人として目を合わせない。
通り過ぎると異様な視線を感じる。
よくわからないが、外界と空気が違う。
この職場は一体どうなっているんだ…?
数日経ったある日
ありがたいことに同い年くらいの女性の方(Aさんとする)が話しかけてくれた。そのおかげで、その方と同じグループに入ることができるようになった。
そのグループにはいつもBさん(男性…50代くらい?)と他にも数人の方がいて、わたしは昼休みはよくその方々とご飯を食べるようになった。
AさんとBさんは仲が良かった。
ただそのグループの話を聞くうちに、この職場の問題点も浮き彫りになってきた。
一つ例をあげると、Bさんが上の人の意に反することを言うと、普段接する時の態度が豹変するということだった。それを知ってしまった私は驚いた。なぜなら上の人はいつもわたしには優しくてニコニコしていて、プレゼントもくれるような人だったからだ。
信じられない、信じたくないと思った。
ただそれを実際目の当たりにすることになった。
朝出勤すると、上の人とAさんがなにやら揉めていた。Aさんはかなり口調を荒げて反論しているようにみえた。なんのことで口論になっているのかはわからない。それでも殺伐とした空気が流れているのを肌で感じた。
その日から上の人はBさんだけでなく、Aさんにもあからさまに態度を変えて接するようになった。わたしに接してくださる時には決して見せない顔を見てしまった。
怖い、怖い。
次はわたしかもしれない。
そう思うと、この職場に対して言いたいことは山ほどあったが言えなかった。言ったら自分も怖い思いをする。もしかしたら遠回しにわたしにそう伝えたいのかもしれない。
帰宅して自分の部屋のベッドに寝転んだ。
隣の棚には前の職場の時に皆さんが書いてくれた色紙が飾ってあった。
涙が頬を伝う。
前はこんなことはなかった。
もしこんなことをしようものなら上司が一対一で指導していただろう。それに誰かが差別するような、そういう空気ではなかった。
あの時空気が違うと感じた意味がここに来てようやくわかった。
わたしにも異常が起こり始めた。
ある人が他の職員もいる前で、大声でこんなことを言った。
「ねえ、あなたって旦那さんいるんですよね?旦那さんとはどうなの?ホテルとか行った?」
わたしは驚いて、固まってしまった。
全員私の方をじっと見ている。
表情はわからないがクスクス笑う声がどこからともなく聞こえてくる。
答えなきゃ…………答えなきゃ……………
答えたくない…なんで……でも答えなきゃ…
「そういうところには行かないので…」
蚊の鳴くような声で答えた。事実である。
しかしその人は
「えー!それは嘘でしょう!だって愛する旦那さんとですもんね!行った!行ったでしょう?」
周りにいる人達がみんな笑っているように見える。笑い声がだんだん大きくなる気がする。自分はなに?見世物か?ああ耳をふさぎたい、逃げたい、隠れたい、このまま退勤してもう来ませんと言いたい……
「ほんとに行ってないです!」
無意識に口から出ていた。
走ってその場を後にした。
「あれはひどかったよ」
昼休み中Bさんがわたしを慰めてくれた。
というかあの群衆の中にBさんがいたんだということにこのとき初めて気がついた。
庇ってくれよ、とは思わなかった。
ただでさえBさんは上司から他の方とは違う態度を上の人からとられているのだから、むしろ巻き込まれなくてよかったとさえ思った。
その後彼女たちはラブホテルの話で盛り上がっていたようだが、わたしは早々にその場をあとにして正解だった。
この時くらいからわたしは職場の人に対して恐怖心を抱くようになったのだとこれを書きながら気付いた。
最初から敬語なのは当たり前だが、他の人よりもかなり分厚い壁を隔てるようになったのは多分この時から。
職場の人にプライベートなことを話すのは怖い。
当たり障りのない話(天気とか)だけして、どうかこの職場の空気みたいな存在でいれればそれでいい。目をつけられたらもう終わりなんだから。
…と思っていたが、どうやらそれも無理だった。
わたしはBさんからこんな話を聞いた。
「Cさん(普段雑談する程度の人)があなたの愚痴言ってたよ。目をつけられてるみたいだから気を付けて」
愚痴の内容は忘れてしまったが、どうやらわたしの態度が気に入らないらしかった。
ここまでくるとなにが正解かわからない。
親切心でBさんは言ってくれたんだと思う。だから別にBさんのことを悪く思うことはなかった。
でももし……あまり考えたくないけれど
Bさんがわたしを陥れようとかそういうことを考えていたとしたら……
他にも色々なことが起こったけどきりがないのでここには書かない。
ここの会社を辞めて数年経過した。
職場の人はみんな、仮面をかぶっている。
どんなにおちゃらけているように見える人だって、あれは仮面なんだと思う。
だったらわたしは誰にも壊されないくらい分厚い仮面で日々を過ごして誰にも自分の気持ちを知られないようにしよう。プライベートを知られるのは怖い。どこから漏れるか何を言われるかがわからない。誰も信じられないから。
そんな思いで参加した先日の新しい職場での飲み会はむしろ場の空気を濁すという最悪の結果になった。
だからもう、仕事上を超えての人間関係を築き上げる飲み会というものはわたしにはハイレベルでありなおかつ至難の業だということが証明されたのだ。
収穫はそれだけ。今後に活かせる充分な教訓を得られたのだから、飲み会のお金は無駄にならないだろう。
と、自分に言い聞かせている。
同時に後悔の念が波のように背後から押し寄せてくる。
仕事中は仮面の私が頑張ってくれればそれでいい。
プライベートのわたしは鉄のように重い仮面をとってのんびりしていれば十分だ。決して休みの日に仮面を被ってはならない。わたしは自分の中に人格が2人いると思っている。本音で話せるのは仮面をとって話せる相手だけ。
"人見知りは人を選んでいる。傲慢だ。"
という人がいる。
わたしは人見知りだと思う。
ただ人見知りの中でも私のように過去人間関係で苦しい思いをしてきた人もいるだろう。
自分をここまで追い込めた相手はわたしをターゲットにした、つまり「選んだ」のだ。
こいつならターゲットにしてもいける
ときっと思ったのだ。
わたしは今後の人間関係でそういう人たちとは関わりたくない。自分を守りたい。でも初めての人はわからないからどうしてもガードが固くなってしまう。
だからどうしても人見知りが発動する。
それが果たして傲慢なのだろうか。
教えてほしい。
わたしは、傲慢なのか。