アメブロは写真を一枚も載せないと、リンク先にプロフの顔写真が出ちゃうので、何らか載せるようにしてます。
今回は、これ。この前、名古屋で「フェラーリ」さんのライブがあったので行ってきました。今回の内容とは関係ない。
あ、でも、僕的には「異性の友達」の一人と思っているkdさん。
「思っている」というのは、エアギターの世界ランカーだったり、某大手企業の現場の偉い人だったり、結構畏れ多いよなという感ありなので…。尊敬する友達ですね。
ライブレポもまた書きます。今回は、フェラーリさんもさることながら、SUDOちゃんがヤバかったので、書きたいのだ。
で、以下、本文↓どうぞ。
Twitterに連携している「質問箱」に
「異性との友情は成立すると思いますか?」
というのが来たので
(こういうの、運営さんのサクラ質問なのかな?と思ってしまうあたり、嫌な大人ですかね)
成立すると思うとそこには端的に答えを書いたけど、少し思う所を書いておこうかなと。
2つポイントがあって、
1つは、性別の話
2つ目は、一事が万事である場合とそうでない場合というか、過度の一般化の危険性というか。
1つ目。性別について
僕は、生物学的には女性です。
ブログ上では、一人称が私と僕が混ざっているけど登録は女性で登録してあります。
身体的に女性で生まれて、戸籍も女性です。
ただ、高校卒業するくらいまでずっと僕だったのを、結構頑張って矯正した感じだったので、仕事で私という義務が薄れて来て、僕呼びが戻ってきてます。
で、自分のことをどちらだと思っているかというと、どっちでもいいわと思っています。体が女性なので、女性として暮らすのが楽でよい。けど、もっと尻が小さかった女性ホルモンが少なかった頃の体の方がしっくり来てたし、今でも戻りたいし、肩幅だけはそのまま広いのは何とかならんかと思ったりもします。きれいなワンピースやドレスもメイクも、カッコいいデニムやスーツも似合えば好きです。ただ、メンズの方が好みに合う靴や服が多いなとは思います。
男性と話す方が気が楽です。でもこれは幼少期に女子にいじめられたのを引きずってるんだろうとも思います。大人になってから、男性でもあのいじめっ子や日和見主義たちと同じ性質の人が沢山いることを知ったし、女性でもそうじゃない大人は沢山いるって知ったので、この「性別による抵抗感」は薄れてきています。それと共に、女性の仲良しも増えてきた。
そして、恋愛対象はどちらなのかというと、これもどっちでもいいんですね。ただ自分が好きになった相手とは男女とも成功したことがないです。その結果、ちゃんと付き合ったことがあるのは男性ばかりです。自分発信の恋愛を諦めているというのが根にある。だから、異性を好きになろうと同性を好きになろうと一緒。相手から言ってくれなければそのまま終わる。
まとめると、僕自身は、友達になるのにも恋愛感情を持つのにも、性別というフラグはどうでもいいものだと思っています。
で。
最初の質問に戻る。
「異性との友情って成立しますか」
この質問って、私は友達だと思ってたのに相手はそうじゃなかった、狙われてた。という状況をどう思いますか?ってことなのかなと。
自分にはその気がなかったけど、性愛的な目で見られていて、あの優しさもあの共感も、全て下心だったのねっていう悲しみ。1人友達が減ってしまう辛さ。
でもそれって、異性に限らないですよねって思うわけです。僕はどっちでもいいから。
もしくは、明らかに狙ってきてるのに友達だよねとか言って近づいて来てるけど、信じていいの?的な。
多分、その勘は当たってるから、嫌なら逃げましょう。
嫌じゃないなら、友達なんて言ってないで逆に攻めればいいんじゃない?僕はその上手な攻め方を知らないけど。あ、でも、そんなぐずぐずするような人はやめておいた方がいいかもね。自分が傷つきたくなくて、ぐずぐずする人間は、いざって時にあなたを置いて逃げるよ。
あと、関係性のくくり方というか、呼び方問題なのかな。
恋愛対象でないけれど、会話を楽しんだり遊びにいったりする異性は一体どんな関係?
その人、「友達」でよくないですか?
それとも、同性の知り合いよりも気の合う、会話も弾む一緒にいて楽しい異性がいるのに、異性だからという理由で遊ばないようにする?
それは無駄じゃないかな
3人以上でしか遊ばないとか縛るのも、ナンセンスだと思う。勿体ない。
そりゃ沢山で遊ぶの楽しさはある。けどそれはまた別の話で。
異性だから二人きりで遊びに行くのは…みたいなのは要らない。
もっと話を聴きたい。
もっと一緒に遊びたい。
この人に興味がある。
それが全て恋愛感情というわけではない、と思うのよね。
なんか結局取り留めのないブログになってきちゃったなあ今回も。
まあ続けます。
40年とちょっとの経験上、異性の友達は存在します。
今は保育園の頃からの異性の友達から、30代過ぎてから出会った異性の友達までバラエティに富んでます。
女子にいじめられて女性が苦手だった時期が長いので、この異性の友達の存在にどれだけ助けられた事か。
でも逆に、友達だと思ってた男子に放課後の教室で
「好きってなんなんだろうね」
と訊いてみたら
「俺の場合はね、心の底から、やりてー!って思うことだね」
って返事してきたんだけど、1年後ぐらいにそいつから告白されて、お前あん時やりてーって思ってたのかよ!って心の中で爆笑するという事件もあった。
(この件は2年前の同窓会で本人に言ったらどっちも覚えてなくて、更に「俺、ちゃんと告白してたのか。その時の俺をほめてやりたい」って言ってた。笑える)
だからどっちもあるんだよ。(これ二つ目)
友達の異性も、友達だと思ってたけど違ってたパターンも。
どちらかしか存在しないってわけじゃない。
多分、「異性」という集合でくくってるから、わけわかんなくなるんじゃないかな。
相手は異性という共通点を持つ、一人一人の人格。
だから、どちらのパターンも存在する。
一人の異性が、友達だと思ってたのに…って流れになったとしても、他の異性も同じとは限らない。
そのパターンばかりなんです!っていう人もいるかもね。
そういう人は、そういう人なんでしょう。
こちら側も、それぞれのの人格なので。
僕には、異性の友達がいます。
これが本当の結論かな。
どちらが良い悪いじゃないから、好きなようにしたらいいと思うけど。
