このブログをはじめた理由の一つに、林弘子さんを伝えたいというのがありました。
ブログを始めて、1年も経とうとしているのに、「自然発酵種パン」のところの投稿がないという、一番上のカテゴリーに持ってきているのに、0件という、いつ記事を書くんだ?と思われていたかもしれません(^^;)

林弘子さんを知ったのは、たしか2012年の初夏。
パン作りの他に、発酵全般に極めた人でもありました。
私がしたいこと、物の考え方、作物を通して自然を見つめる、など
私にとってはずっと疑問に思ってきたことが、紐を解くように
すべて本に書いてありました。

国分寺で教室をされているとのことで、この人に弟子入りするぐらいの気持ちだったのですが、先生が残されたブログで2010年7月に他界されていたことを知りました。
こちらのブログは今もご好意で残されています。
http://hayashihiroko.net/

2日ほど悲しくて泣き続け、立ち直るのにしばらく時間がかかりました。
今でも心で話しかけています。
もし、今ご健在だったら時代をリードした人になっていたかもしれません。
しかし、アウトローな人っぽいので、相変わらず一匹狼だったかもしれません。

パンの他、沢山の発酵に関する本を出されています。
最後の出版になればなるほど、命を削って書いたと思わせるもので
よく残してくださったと思います。
発酵の作り方の本であれば、他にもたくさんあるでしょう。
しかし、発酵の前に、人や自然を愛し、その全てが循環するよう祈りに近いところに共感をします。

小麦粉と水、といったシンプルな素材から作ったパンになると、
パリやドイツでの名高い手法からすると、ややもすると言論・理論で押されることがあるかもしれません。
しかし、ルーツからいくと、このシンプルな小麦粉と水を練っただけのところから
東洋のパン、西洋のパンへと枝分かれしたような気がします。
それは、紀元前よりもっと前、小麦文化が伝わってきた古代文明に思いをはせることとなります。

ですので、林弘子さんも私もですが、酵母やパンの種類で議論するものではないと思っています。
どれも全てすばらしいと思いますし、イーストも必要があって生まれたものだと思います。
この世に不要なものはない、という考え方でもあります。

パンの起源であろう小麦粉と水だけで作った酵母は、東洋にも西洋にも、どちらにも自由自在に扱える生地で、一度起こしたら、永遠持続します。
そしてどんどん増えていくので、自分では手持ちが多くなり、人にもらってもらいたくなります。
そうしないと、自分の種が弱ってしまうのです。
たくさん食べ続けるか、人に分けるか。

分かち合う世の中でありたいと思います。

今夜か明日に続きます♪

今日も、良い一日となりますように*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆